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2006年7月

西郷隆盛と勝海舟会見の碑

山手線の田町駅付近の一京浜沿いで、「西郷南洲勝海舟會見之地の碑」を見かけました。

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碑の下の説明によると
「田町薩摩邸(勝・西郷の会見地)」
この敷地は、明治維新前夜慶応4年3月14日幕府の陸軍総裁勝海舟が江戸100万市民を悲惨な火から守るため、西郷隆盛と会見し江戸無血開城を取り決めた「勝・西郷会談」の行われた薩摩藩屋敷跡の由緒ある場所です。
この蔵屋敷(現在地)の裏は、すぐ海に面した砂浜で、薩摩藩国元より船で送られて来る米などは、ここで陸揚げされました。
現在は鉄道も敷かれ(明治5年)、更に埋め立てられて、海までは遠くなりましたが、この附近は最後まで残った江戸時代の海岸線です。

とのことです。

また人情噺で有名な「芝浜の革財布」は、この土地が舞台だそうです。

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川崎大師の風鈴市へ

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川崎大師で開かれている風鈴市に行ってきました。

全国47都道府県から集まった760種類、24000個の風鈴が並び、涼やかな音色が境内いっぱいに鳴り響く様子は壮観です。

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川崎大師の「厄除だるま風鈴」をはじめ、各地の特色を活かした金属、陶器、ガラス、石炭など色々な素材で作られた風鈴があり、郷土色豊かなな風鈴は見ているだけで、長引く梅雨の鬱陶しさを忘れさせてくれました。

詳しくはWalkerひでのWalking日記を>>

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京浜急行発祥の碑

京浜急行大師線の川崎大師駅の脇に記念碑がありました。
明治31年(1898)に、日本では京都、名古屋に次いで3番目、東日本では最初の電気鉄道として、京浜急行電鉄の前身の大師電気鉄道が、川崎ー大師河原間で開通したことを記念したものだそうです。

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東日本で最初の電気鉄道が京浜急行だったとは意外な感じです。

検索していると大師電気鉄道の開通日の記事がありました。

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玉原のラベンダー畑

群馬県の沼田インターチェンジから近い玉原(たんばら)にラベンダー畑がある、と聞き行ってみました。
沼田付近はりんごやさくらんぼ、プラム、ネクタリンなど様々な果樹園があります。
その果樹園を抜けて行くと玉原ラベンダーパークに到着です。
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入り口の「今年は大雪のため開花が遅れています」と書かれた看板にショックを受けながら入園しました。

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ここには5万本のラベンダーがあるそうです。
確かに開花はまだ十分とは言えませんが、薄っすらとラベンダー色が広がっています。

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近づくとラベンダーの香りが漂ってきます。
涼しくて爽やかな山の空気が良く似合います。

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ラベンダー畑の脇ではニッコウキスゲの黄色い花が満開でした。

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谷川岳へ

たまには山岳散歩を楽しもうと思いつき、谷川岳へ出かけました。
出発点の谷川岳ロープウェーの土合口駅に着いたときには雨が降り出しましたが、折角なのでロープウェーで天神平まで登ってみました。

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一ノ倉沢の雄大な眺めや谷川岳連峰を一望できるはずですが、生憎の空模様で視界不良です。

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楽しみにしてきたハイキングコースは雨でぬかるみ始めていました。
日頃山登りに慣れていない身には危険な雰囲気です。

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残念ながら、今回は山岳散歩を見送りとしました。

天神平の様子>>

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青い花

最近散歩をしていると、青色系の花が咲いているのを目にします。
細長い茎の上に小さな花をいっぱい付けるのはヤナギハナガサというそうです。

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南アメリカ原産のクマツヅラ科の帰化植物で、鑑賞用のものが野生化し、今では、日本各地の原や道端に咲くようになったそうです。
1メートル近い細い茎の上に花笠のように小さく可愛い花をいっぱい付け、葉が柳のように細いのでヤナギハナガサと名づけられたそうです。 

キキョウも青色系です。

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キキョウは秋の七草に入っているので,秋の花のイメージがありますが、6月下旬から咲き10月頃まで咲いています。

キキョウは江戸時代から人気で八重、渦、紋、綿などの多くの品種が作られていたそうです。
自生品のほとんどは青紫色の一重で、日本各地、朝鮮半島から中国東北部にかけて広く分布します。

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青色系の花と言えば、あじさいが代表的ですが、梅雨の時期は青色の花が似合います。

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銀座の石川啄木歌碑

銀座の6丁目付近を歩いていると銀座には不似合いな碑を見かけました。

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近づいてみると石川啄木の歌碑です。歌碑には次の歌が刻まれています。

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京橋の瀧山町の 新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな

歌碑の説明によると、

石川啄木(1885年~1912年)は滝山町の朝日新聞社に明治42年12月から45年4月13日、27歳でこの世を去るまでの約3年間勤務したそうです。

銀座の意外な歴史に出会いました。

場所:銀座6-6-7

Walkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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スモークツリー

近所の公園を歩いていたら、不思議な樹を見かけました。
一面にクモの巣が張ったような姿です。

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近づいて見ると「スモークツリー」と書いてあります。
ウルシ科の植物で、花が散ったあとに花柄に伸びてくるふわふわした毛のようなものが煙が上がっているように見えるので、スモークツリーと言われるそうです。

植物にはまだまだ不思議なものがあることを知りました。

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旧新橋停車場へ

新橋の汐留は現在は高層ビル群ですが、その一つの汐留シティセンターにはちょっと気になる建物があります。
そこは1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が新橋横浜間に開通し、その起点となった旧新橋停車場の駅舎を、当時と同じ場所に、開業当時の外観で再現した建物です。

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駅舎内部は、汐留の歴史・鉄道を紹介する「鉄道歴史展示室」で、駅舎基礎石積み、プラットホーム石積みの一部を見学窓から見ることができます。

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駅舎だけではなく、当時のプラットホームと双頭レールといわれる軌道も再現されています。

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東京駅ができるまで東海道本線の起点であった場所には、「0哩(ゼロマイル)標識」が建っています。

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高層ビルに囲まれた旧新橋停車場の風景は印象的です。

旧新橋停車場>>

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川崎の梨

川崎登戸付近で梨園を見かけました。
ネットで覆われた中を覗いてみるとまだ小さな実でした。
樹によっては、実が一つづつ袋をかぶっているものもあります。

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梨について少し調べてみました。
現在栽培されているニホンナシは、中国の野生種ヤマナシを改良したものの総称です。
おもに、写真の豊水のように果皮がさびたようなかっ色をした赤ナシと、緑色の青ナシに分けられます。

・ 赤ナシ系・・・長十郎、新水、幸水、豊水、新星、稲城、新高
・ 青ナシ系・・・二十世紀、秀玉

梨の歴史は、中国では2000年前の『史記』に、日本では『日本書紀』にその栽培の記述を見ることができ、登呂遺跡からも炭化した種子が見つかっていますので、日本で梨が食べられ始めたのは弥生時代ごろとされています。

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川崎周辺の梨は「多摩川梨」と言われますが、大正末までは、稲毛梨(川崎市)、稲城梨(稲城市)等として市場に出荷されていましたが、昭和2年に東京都と川崎市が果物連合体を組織し、そこで、登録商標をつくり、多摩川地区で生産されている梨の名称として、「多摩川梨」と統一したそうです。

この所、調べ物が面白くなっています。

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浅草寺へ

折角、浅草まで来たのにお店ばかり覗いていては、ばちが当たりそうなので
浅草寺について色々調べてみました。

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浅草寺の入り口には「江戸札所第一番」と書かれた石碑があります。
江戸時代に観音札所巡りがブームとなり、西国三十三ヶ所や
坂東三十三ヶ所に倣って、全国各地に観音札所が設けられたそうです。

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江戸でも、「江戸三十三観音札所」の他、「坂東写し札所」「西国写し札所」
や、地域的に縮小した、「山の手」「浅草」「葛西」「東方」「西方」などの
札所も設けられました。

「昭和新撰江戸札所」は、昭和51年に決められたもので浅草寺から始まり、
目黒不動で終わる番外を含めた都内の34の寺院だそうです。

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浅草寺の建物は戦後に再建されたものが多いですが、歴史を見ると
江戸幕府第三代将軍家光により慶安2年(1649)に再建された
「国宝浅草寺本堂」は昭和20年3月10日の東京大空襲では焼失、

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寛永寺・増上寺・天王寺の塔とともに「江戸四塔」として親しまれた
「国宝五重塔」は昭和20年3月14日戦災により焼失とあります。

太平洋戦争末期に連日激しい空襲が下町にあったことが分かります。

また、境内には鳩ポッポ歌碑がありますが、童謡「鳩ポッポ」は浅草寺
境内に遊ぶ鳩のことだからだそうです。

先日の渋谷の「春の小川」の歌碑もそうですが、のどかな雰囲気の童謡
が意外と東京の真ん中の風景であったことに驚かされます。

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川崎 妙楽寺の紫陽花

川崎市の妙楽寺は川崎のアジサイ寺として知られ、境内の約1万平方メートルの敷地には、白や青、ピンクなど18種類、約1000株のアジサイがぎっしりと植えられています。
雨が降る庭に咲くアジサイの花はまさに日本の梅雨の風景だと思います。

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アジサイは青、白、ピンク、紫など、さまざまな色の品種がありますが、日本古来の日本のアジサイは青だったそうです。
「アジサイ」の語源は一説によると、「青い花が集まっている」ので、集めるの意の「あづ」に青の意の「さ藍」で「アヅサアイ」から「アジサイ」となったということです。
アジサイは土壌が酸性だと青くなり、アルカリ性だと赤くなるとはよく言われる話ですが、アジサイの原産地である日本の土壌は酸性であるため、青が本来の色だったとされています。
その青いアジサイが欧米に渡って改良されて、色とりどりの西洋アジサイ(ハイドランジア)が生み出されました。

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アジサイを西洋に紹介した人物として有名なのは、かのシーボルトです。
彼が記した『FLora Japonica(日本植物誌)』には、手まり型のアジサイの花が「Hydrangea Otaksa」として紹介されています。

元々ヨーロッパは土壌がアルカリ性なために、青かった花も自然と赤っぽくなり、また元来華やかな花を好む欧米人のために色とりどりで大きな花へ変化を遂げました。

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そしてその後その西洋アジサイ(ハイドランジア)が言わば逆輸入され、現在の日本でも人気となっているそうです。

雨続きで暇なので勉強してみました。

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浅草へ

久し振りに浅草に行ってきました。
梅雨の蒸し暑さの中だというのに、アジア系の人を始めとする外国人観光客や、バスツアーの人などで雷門周辺は大変な賑わいです。

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仲見世商店街は随分昔から見覚えがのある風景で、浅草ならではの商品が独特の雰囲気を醸し出しています。

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来週は浅草のほおずき市ですが、それにちなんだ店頭のほおずきの飾り付けが夏を感じさせます。

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浅草は伝統あるお店が多いので散歩をしていて飽きません。
伝法院通りの天丼の大黒屋や芋きんの満願堂はいつも人気です。

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