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2006年12月

愛宕神社

愛宕神社は、慶長8年(1603年)徳川家康の命により江戸の防火の神様として祀られた神社だそうです。
この愛宕神社には様々な歴史的なエピソードがあります。

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愛宕神社に上がる石段は長くて勾配がきつく、上から見ると足がすくみます。
この石段は講談「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎の故事で知られています。

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寛永11年の春、江戸三代将軍徳川家光が将軍家の菩提寺である芝の増上寺に参詣の帰り、愛宕神社の下を通った際愛宕山に源平の梅が咲き誇っているのを目にし、「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命じましたが、家臣たちはこの愛宕山の石段は急勾配で馬で登ることを躊躇していたそうです。

その時、丸亀藩の家臣、曲垣平九郎が馬で石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上したところ、「この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、あっぱれである」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたそうです。

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講談話のようですが、実際にこの石段を馬で登り降りすることにトライをして、成功している方が何人かいるそうです。

また、万延元年、3月3日。桜田門外の変で大老井伊直弼を水戸浪士が討った折、その水戸浪士が集結したのは、この愛宕神社だったそうです。
浪士たちはここに集結し、神前に祈願したのち、歩いて桜田門に向かったそうです。

明治元年、3月13日江戸城明け渡しについて勝海舟と西郷隆盛が会談の時、2人は家康ゆかりの愛宕山に登り江戸の町を見渡し、「この江戸の町を戦火で焼失させてしまうのはしのびない」と決意し、その後、三田の薩摩屋敷で歴史的な会見をして、無血開城の調印を行ったそうです。

江戸城に近いだけに、江戸城に関連したエピソードの多い神社です。

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虎ノ門砂場

「西新橋交番前」の交差点に創業百三十二年の老舗そば処、虎ノ門砂場があります。
大正11年に建てられた瓦屋根の木造二階建ての建物は、ビルが並ぶビジネス街の中でそこだけ時の流れが違うかのような佇まいです。

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砂場の発祥は、十六世紀の大阪だそうで、秀吉が大阪城築城の際に設けた砂場に、職人目当てのそば屋が店を出し、やがて「砂場」はそば屋の代名詞になったそうです。
その後「砂場」を名乗るそば屋は家康とともに江戸に下り麹町七丁目に店を構え、この本家から虎ノ門砂場が独立したのは明治五年とのことです。

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大正十一年に現在の建物に建て替えられたとのことです。

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大久保彦左衛門と一心太助の墓

白金高輪の駅付近を歩いていると、「大久保彦左衛門墓所」と書かれた立行寺というお寺が目に付きました。
このお寺は寛政7年江戸時代初期の旗本大久保彦左衛門によって創建され、彦左衛門の死後の寛文8年に現在の場所に移転したそうです。

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このお寺には大久保彦左衛門と一心太助の墓が並んでいます。
大久保彦左衛門と一心太助の物語は鶴屋南北の弟子河竹黙阿弥が書いた歌舞伎で世に知られるようになり、講談・小説などに書かれ、すっかり人気者になりました。

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大久保彦左衛門は三代将軍徳川家光の時には「天下の御意見番」と言われた存在であったことで有名です。
大久保彦左衛門のもとで活躍した一心太助は、義理人情に厚く、江戸っ子の典型として描かれることが多い架空の人物というのが定説です。

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ところが、大久保家墓所の傍に、それも彦左衛門の一番近くに立っています。
一説には太助は実在の人物で、若いころ大久保彦左衛門の草履取りだったという説もあるそうです。
意外なところで、意外な話に出会いました。

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春節燈花

年末の中華街を訪れてみました。
中華街は、中華街全域に提灯やイルミネションが飾られ、華やかな雰囲気です。

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中国の正月にあたる春節(旧暦元旦)を祝う「春節燈花」という行事のようです。

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今度の春節は2007年2月18日(日)だそうです。
そういえば、春節といえば爆竹や獅子舞で賑やかな様子を見たような記憶があります。

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年末でも中華街は忘年会なのか、相変わらずの混雑です。

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冬至の風景

銭湯の前を通ると、「ゆず湯」のポスターを見かけました。
そういえば、今日は冬至です。

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ゆず湯は、風邪を防ぎ、皮膚を強くするという効果があります。
冬至は湯につかって病を治す「湯治(とうじ)」にかけているそうです。
柚子は融通が利くようにと願いが込められているそうで、随分な語呂合わせです。

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銭湯の建物というのは、寺院風の立派な屋根に換気用の窓が開いた独特のスタイルで、銭湯建築といわれているそうです。

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師走の風景

京浜東北線の鶴見駅付近を歩いていると、僧侶がお経を唱えながら商店街から次々と並んで歩いてきます。
その数は200人くらいでしょうか。

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この近所には永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山、総持寺がありますが、どうやらそこの僧侶の修行の行事のようです。

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師走の語源は、師匠の僧がお経をあげるために、東西を馳せる月という意味の「師馳す(しはす)」から来ているそうですが、横断歩道を大勢の僧侶が小走りにわたってゆく姿はまさに「師走」の語源通りの印象的な風景です。

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目青不動尊とは

三軒茶屋と下高井戸を結ぶ東急世田谷線は可愛らしい路面電車です。

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電車の窓から、三軒茶屋駅の手前左側に目青不動尊と書かれている場所を見つけました。
目黒不動尊や目白駅は知っていますが、目青とは聞き慣れないので三軒茶屋駅を降りてから探してみました。

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目青不動尊は教学院(天台宗竹園山最勝寺)にあります。 

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三代将軍家光の時代に将軍家によって江戸を守るために青・白・赤・黒・黄の五色の不動尊がその順に、東・西・南・北・中央に置かれ、江戸五色不動と言われているそうです。

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江戸五色不動は、密教で重んじられた青・白・赤・黒・黄の五色を不動明王にあてはめたものだそうです。
目白不動堂は豊島区高田の金乗寺に、目赤不動が本駒込の南谷寺、目黄不動が三ノ輪の永久寺と平井の最勝寺に置かれているそうです。

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世田谷ボロ市

世田谷で江戸時代から続いているボロ市に行きました。
世田谷ボロ市は、天正6年(1578年)に小田原城主北条氏政がこの地に楽市を開いたのが始まりで、世田谷を代表する伝統行事として、400年以上の歴史を有しています。

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最初は古着や古道具など農産物等を持ち寄ったことから「ボロ市」と言われたそうです。
代官屋敷のあるボロ市通りを中心に、約700店の露天が立ち並びます。

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ボロ市の由緒通り、農作業用の衣料品や掛け軸、神棚など普段は見かけないものを売る
露天が目に付きます。

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ボロ市名物の食べ物は代官餅です。長い行列ができて大変な人気です。

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その場で蒸してついた温かくてお餅はボリュームたっぷりです。
現在は住宅地の世田谷ですが、かつて農村地帯であったことがよく分かるお祭りです。

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表参道のライトアップ

原宿付近まで行ったので、表参道のライトアップを見物しました。
かつて、表参道のライトアップイベントは盛大で人気がありましたが、その一方で、周辺住民からの苦情が多く最近は中止していました。
今年のライトアップは8年ぶりの復活だそうです。

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今までのイルミネーションに代わり、表参道のけやき並木には、高さ約6メートル、幅約1.2メートルの巨大な行灯(あんどん)60基が並んでいます。

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やわらかい行灯の光は時間ごとに、桜(ピンク)や若苗(緑)、紅葉(赤)などさまざまな色に変化し、表参道全体が淡い光のグラデーションに包まれ、気分が癒されます。

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原宿にふさわしい落ち着いた雰囲気のライトアップです。

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北里研究所のコッホ・北里神社

白金台にある北里研究所の入り口には、世界的な学者であるコッホと北里柴三郎の名前がついた「コッホ・北里神社」があります。

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案内板の説明によれば、
ベルリンに留学した北里柴三郎はドイツの細菌学者ローベルト・コッホ博士に師事し、破傷風などで世界的業績をあげました。
恩師のコッホ没後に北里柴三郎は自ら所長を務めていた国立伝染病研究所の一隅に、コッホの遺髪を神体としたコッホ祠を建立しました。
北里柴三郎はその後北里研究所を創設し、コッホ祠も敷地内に移設しました。
その後、北里柴三郎没後にはコッホ祠と並んで北里祠が設立されましたが、北里神社は第二次大戦で焼失したため、その後ふたつを合祀されコッホ・北里神社となった
そうです。

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ひとつの神社に世界的な2人の学者の名前がつけられている理由が分かりました。

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横浜のキングとクイーン 、ジャック

横浜にはチェスの駒に例えられる3つの由緒ある建物があります。 

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キングは、神奈川県庁です。昭和3年(1928)に建てられた西欧建築に日本趣味を取り入れた建物で、屋上部分は五重塔をイメージし、重厚で威厳があります。

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クイーンは、横浜税関です。昭和9年(1934)に建てられ気品にあふれたエメラルドグリーンの屋根のモスク風の塔が特徴的です。

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ジャックは開港記念会館です。
横浜開港50周年を記念し市民の寄付金により大正6年に創建されたネオ・ルネッサンス様式の洋館です。

いずれも横浜港に入る船からよく見える塔だったので横浜の特徴的な風景として愛され、
このような愛称がつけられたのでしょう。
氷川丸やマリンタワーは今年で消えてゆきますが、まだ貴重な風景が横浜には残っています。

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新橋旧停車場の機関車イルミネーション

新橋旧停車場は、「汽笛一斉新橋を~♪」で知られている1872年(明治5年)に開業した旧新橋停車場の駅舎を、当時と同じ場所である汐留地区に、開業当時の外観で再現した場所ですが、ここのクリスマスイルミネーションは個性的です。

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新橋旧停車場にふさわしい機関車のイルミネーションです。
新橋駅開業当時の汽車を模った「ファンタジア号」だそうです。
今にも空に向かって飛び上がっていきそうな姿が印象的です。

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高層ビルに囲まれた一角のちょっとユーモラスなイルミネーションです。

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カレッタ汐留の青い海のイルミネーション

イルミネーションを見ながら、丸の内から銀座まで歩いてきたので、ついでに、新橋駅から近い汐留シオサイトまで足を伸ばしました。
カレッタ汐留までゆくと、なにやらすごい景色が見えてきました。

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昔、海だった汐留にちなんだ“海”をテーマにしたイルミネーション・イベントがちょうど今日から始まっていました。

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青色LED20万球を使用して、雄大な大海原を演出したそうです。
青い波が押し寄せてきているような迫力ある青い空間です。

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雅楽師・作曲家の東儀秀樹さんが空間演出プロデュースしたこのイベントでは、この青い光の海と音楽が一体となったショーも開催されています。

美しくて幻想的な光景は今までに見たことがありません。

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銀座のクリスマスツリー

丸の内のイルミネーションを見ながら有楽町まで歩いてきたので、銀座のクリスマスイルミネーションも見物することにしました。

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数寄屋橋交差点前の銀座ソニービルのクリスマスイルミネーションは、CHANELの香水No.5をモチーフとしてデザインされたデコレーションツリーです。
今にも香水の香りがしてくるように感じます。

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ついで、銀座4丁目の交差点近くのミキモト本店のクリスマスツリーです。
さすがにミキモトのツリーは宝石のような輝きに感じます。
ツリーの周りのオーナメントも可愛らしいです。

ミキモトのクリスマスツリーは今年で29本目だそうですが、この時期の銀座のシンボルになっているので多くの人が立ち止まり、カメラや携帯電話で撮影しています。

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丸の内のイルミネーション

このところ、イルミネーション見物が続いていますが、今夜は丸の内のイルミネーションを見にゆきました。

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大手町方面から有楽町方面まで続く丸の内仲通り沿いは、オレンジ色のイルミネーションに包まれています。

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約100万個のオレンジ色LEDが街路樹を覆い、見ていても暖かくなってきます。

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日本を代表するビジネス街の丸の内もこの時期は、華やいだクリスマス雰囲気です。

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