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大久保彦左衛門と一心太助の墓

白金高輪の駅付近を歩いていると、「大久保彦左衛門墓所」と書かれた立行寺というお寺が目に付きました。
このお寺は寛政7年江戸時代初期の旗本大久保彦左衛門によって創建され、彦左衛門の死後の寛文8年に現在の場所に移転したそうです。

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このお寺には大久保彦左衛門と一心太助の墓が並んでいます。
大久保彦左衛門と一心太助の物語は鶴屋南北の弟子河竹黙阿弥が書いた歌舞伎で世に知られるようになり、講談・小説などに書かれ、すっかり人気者になりました。

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大久保彦左衛門は三代将軍徳川家光の時には「天下の御意見番」と言われた存在であったことで有名です。
大久保彦左衛門のもとで活躍した一心太助は、義理人情に厚く、江戸っ子の典型として描かれることが多い架空の人物というのが定説です。

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ところが、大久保家墓所の傍に、それも彦左衛門の一番近くに立っています。
一説には太助は実在の人物で、若いころ大久保彦左衛門の草履取りだったという説もあるそうです。
意外なところで、意外な話に出会いました。

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