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愛宕神社

愛宕神社は、慶長8年(1603年)徳川家康の命により江戸の防火の神様として祀られた神社だそうです。
この愛宕神社には様々な歴史的なエピソードがあります。

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愛宕神社に上がる石段は長くて勾配がきつく、上から見ると足がすくみます。
この石段は講談「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎の故事で知られています。

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寛永11年の春、江戸三代将軍徳川家光が将軍家の菩提寺である芝の増上寺に参詣の帰り、愛宕神社の下を通った際愛宕山に源平の梅が咲き誇っているのを目にし、「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命じましたが、家臣たちはこの愛宕山の石段は急勾配で馬で登ることを躊躇していたそうです。

その時、丸亀藩の家臣、曲垣平九郎が馬で石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上したところ、「この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、あっぱれである」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたそうです。

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講談話のようですが、実際にこの石段を馬で登り降りすることにトライをして、成功している方が何人かいるそうです。

また、万延元年、3月3日。桜田門外の変で大老井伊直弼を水戸浪士が討った折、その水戸浪士が集結したのは、この愛宕神社だったそうです。
浪士たちはここに集結し、神前に祈願したのち、歩いて桜田門に向かったそうです。

明治元年、3月13日江戸城明け渡しについて勝海舟と西郷隆盛が会談の時、2人は家康ゆかりの愛宕山に登り江戸の町を見渡し、「この江戸の町を戦火で焼失させてしまうのはしのびない」と決意し、その後、三田の薩摩屋敷で歴史的な会見をして、無血開城の調印を行ったそうです。

江戸城に近いだけに、江戸城に関連したエピソードの多い神社です。

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