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2007年3月

ああ上野駅

先日はJR東北線の終着駅青森駅を訪れましたが、今日は上野を訪れたので
東北線の中・長距離列車の起点JR上野駅を覗いてみました。

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東北本線の線区上の起点は東京駅だそうですが、東京駅~上野駅間は列車線は東北新幹線に明け渡し、現在は電車線(京浜東北線)のみとなっています。

しかし、上野駅は以前から「北のターミナル」と言われているように、東北本線の長距離列車を始め高崎線・常磐線(いずれも東北本線の支線)など東北・上越方面への拠点です。

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上野駅は昭和30~40年代には東北・上越方面からの出稼ぎや集団就職の人達が利用
したので、郷愁を感じる人々が多く、今も独特の雰囲気があります。

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駅前には集団就職者の愛唱歌であった井沢八郎の「ああ上野駅」の碑があります。

曲についての詳しくはこちら>>

先日の青森駅の青函連絡船桟橋には「津軽海峡冬景色」の碑がありました。
東北線の起点と終点に歌謡曲の碑があることは、それだけ様々な人生ドラマがあったことが伝わってきます。

noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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上野公園は早くもお花見

上野の東京都美術館まで出かけました。
今日はまだ肌寒いですが、上野公園に向かう大勢の人がいます。
上野公園のシンボル西郷隆盛像の周囲も待ち合わせの人が大勢います。

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美術館か上野動物園に行く人たちかと思っていましたが、お花見です。

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上野公園のほとんどの場所がお花見の宴となっています。
ここはお花見の有名スポットであったことに気が付きました。

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桜はまだほとんど咲いていませんが、特に気にはしていないようです。
みんな、満開を待ちきれないようでした。

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調布飛行場へ

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東京周辺の飛行場といえば、羽田空港か成田空港ですが、調布飛行場もあります。
松任谷由実の「中央フリーウェイ」の歌詞にもあるので以前から気になっていましたが、今日近くを通りかかったので寄ってみました。

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調布飛行場からは伊豆七島の新島、大島、神津島との間を結ぶ離島航空路線が出ています。
その他、地域航空の拠点として防災、医療、消防など緊急活動にも使用されているそうです。

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飛行場のターミナルは可愛らしい建物です。
昨年の秋に行った東京へリポートに似た雰囲気です。

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搭乗手続きや手荷物検査の窓口も空港というイメージとはだいぶ違います。

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搭乗口と到着口も簡素でまるで温泉の入り口のようです。

このままふらっと伊豆七島に行ってしまいたくなります。

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現在は平和でのどかな調布飛行場ですが、太平洋戦争中は日本陸軍が使用し首都圏に飛来するB-29などを撃退するために三式戦闘機飛燕が配備され、皇居を守る任務を担っていたそうです。

戦後はアメリカ軍に接収され、舗装滑走路は本来の飛行場として使用されたが、現在の味の素スタジアム(写真の背景に見えている横長の建物)のあたり、西は現在の警視庁警察学校のあたりまでの敷地はアメリカ軍住宅施設「関東村」として転用されました。

1956年には舗装滑走路を含む東側地区が日本に返還され、東京都が管理する場外離着陸場となったそうです。

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調布飛行場のもとの名は「東亰調布飛行場」と言い、京の字には口ではなく日を使う方が当てられていたようですが、大沢バス停付近に残る戦時中に設置された門柱に彫られた「京」という字はいたずらされて、どう見ても「東東調布飛行場」になっていました。

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渋谷 道玄坂と宮益坂

道玄坂は、上は玉川通りの道玄坂上交差点から、下は渋谷駅前まで続く
渋谷の代表的な坂です。

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江戸時代に作られた地誌類によると、和田義盛の残党、大和田太郎道玄が、
大永4年渋谷氏滅亡後にこの坂に出没して、山賊野党の振る舞いをしたこと
に由来すると伝えられています。

また、『天正日記』によると、道玄庵という寺の庵主が徳川家康に由緒書を
出していることから、その寺の名をとってこの名がつけられたとの説もある
とのことです。

道玄坂>>

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宮益坂は渋谷駅東口(宮益口)から青山方面に上る坂です。
かつて江戸時代の頃、富士見坂とも呼ばれたこの坂一帯は、古くから
矢倉沢往還(大山道中)として江戸の町と郊外農村との接続点であったので、
ささやかな商人町を形成していたそうです。

この坂に沿う家並を坂の途中にある千代田稲荷(現御嶽神社)の御岳権現
の利益を享受する、という意味で
正徳三年(一七一三)から渋谷宮益町と称し町奉行管下になり、
この坂も「宮益坂」と呼ばれるようになったそうです。

宮益坂>>

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現在では大変な繁華街となっていますが、名づけられた当時はどちらの
坂も静かな場所だったようです。

foot今日も坂めぐり>>

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桜祭りの準備開始

近所の桜並木では地元の人たちが朝から提灯の取り付けをしていました。
今日から桜並木はライトアップされるようです。

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このところ、寒さが戻ってきていますが、来週末には開花をしているのでしょうか。

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桜並木に提灯が並ぶと、春が近づいてきたのを実感します。

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青森 ねぶたの里へ

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青森はまだ冬の景色ですが、青森の夏を代表する祭りといえば“ねぶた祭り”です。
“ねぶた祭り”は秋田の竿灯祭り仙台七夕祭りのと並ぶ東北三大祭のひとつで国の重要無形民俗文化財に指定されているそうです。

「ねぶた」と呼ばれる勇壮で巨大な武者人形の山車が市内中心部をねり歩き、独特の衣装をまとった「ハネト」と呼ばれる踊り手が「ラッセラー」というかけ声で跳ねまわるそうです。

”青森ねぶた”は、毎年8月2日から7日まで開催されるそうです。
祭りの期間中には全国各地から350万人以上の観光客が訪れるそうです。

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その“ねぶた祭り”を祭りの時期以外に体験できるのが、ねぶたの里です。
ねぶたの里には、歴代の受賞したねぶたが展示されていますが、その豪華で勇壮な姿
の迫力には驚きます。

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このような巨大なものが街を練り歩く“ねぶた祭り”はどれだけ華やかなことなのでしょう。
ねぶた体験ショーでは、実際のお祭りで使われた大型ねぶたを、囃子方の生演奏にあわせて皆で引いたり、ねぶたの前で跳ねて踊るハネトを演じることもできます。

ねぶた祭り>>

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青森 青函連絡船と津軽海峡冬景色の歌碑

青森まで出かけることになりました。東北新幹線は八戸まで開通していますが、八戸からは特急つがるに乗り換えです。

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八戸から新青森までは2010年に開通予定だそうです。

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青森といえば青函連絡船を思い出しますが、1988年青函トンネルの開業
とともに終航を迎えました。
青函連絡船は青森と函館を結ぶ鉄道連絡船だったので、青森駅から
徒歩でも近いはずと歩いていると、雪の残る青森港の桟橋に係留されて
いる八甲田丸が見えてきました

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八甲田丸のそばまで行くと、どこからともなく津軽海峡冬景色の歌が
聞こえてきます。
それは八甲田丸の前に建てられた津軽海峡冬景色の歌碑からでした。

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歌詞と風景が一体となりかつての青函連絡船の様子が目に浮かぶようです。

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此経難持坂と大坊坂

先日池上本門寺へ行ったときに登った池上本門寺の正面の石段には、
此経難持坂(シキョウナンジザカ)と名前がついていました。

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気になって調べてみると、この石段は有名な加藤清正公の築造寄進による
ものだそうです。
清正は、母の七回忌にあたる慶長11年(1606)祖師堂を建立寄進し、
その時築造されたそうです。

『妙法蓮華経』の此経難持の96字から名づけられた九十六段の石積参道で、
石段を上る苦しさもお経を唱えながら上れば自然にのぼれる、
と言い伝えられているそうです。

日蓮は、弘安5年病気療養のため湯治にゆく途中、この地の郷主
池上宗仲公の館で亡くなったそうですが、池上本門寺はその池上宗仲が
日蓮入滅(臨終)後、法華経の字数(69,384)に合わせて約7万坪の寺域を
寄進し築かれたお寺だそうです。

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大堂(祖師堂)のうしろ左側には、大坊坂という下りの石段があります。

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坂の下には、日蓮が入滅(臨終)した館を池上宗仲が寄進した「大坊」と
通称される長崇山本行寺があります。

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坂の途中には文政11年(1828)建立の木造の宝塔(高さ17.5m)があります。
ここは「日蓮聖人御荼毘所」とのことで、富山県本法寺所蔵の重文
法華曼荼羅図に見える多宝仏塔に近似しているそうです。
境内に建立された大型の宝塔として全国的にも類例の少ない、
極めて貴重な遺構とのことです。

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ウルトラマン商店街

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小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅を降りると、にウルトラマン商店街と書かれた旗が目に付きます。

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ウルトラマン商店街というだけに駅前にはウルトラマンの像が立っています。

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2005年4月に世田谷区の祖師谷大蔵駅周辺にある三つの商店街(祖師谷商店街、祖師谷南商店街、昇進会商店街)の共通の愛称としてウルトラマン商店街と命名されたそうです。

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ウルトラマンを製作した円谷プロダクションが商店街の先の砧7丁目にあり、また円谷英ニ氏の自宅が祖師谷3丁目(ウルトラマン商店街内)にあるため、祖師谷・砧等の地域にゆかりの深い「ウルトラマン」を核に、地元商店街と世田谷区が街づくりを行っているそうです。

円谷プロも地域貢献の一環としての協力を快諾し、まちづくり活動に限ってのウルトラマンのキャラクターの無償使用を認めているそうです。

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通りの最後には再びウルトラマンが空中から見送ってくれます。
ウルトラマン商店街は人通りが多い賑やかな商店街で、気になるお店がたくさんあります。

ウルトラマン商店街>>

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マザー牧場へ

JR東日本に乗っていると、この時期千葉県のキャンペーンが目に付きます。
その中でも気になっていた千葉県のマザー牧場へ出かけました。
今、マザー牧場は菜の花がきれいです。

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東京ドーム60個分の広大なマザー牧場の斜面一面を300万本の菜の花が黄色く彩る姿は壮観です。

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菜の花畑まで行くと見渡す限りの黄色い菜の花です。

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青空の下の菜の花畑は花の香りに包まれています。

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園内では乳牛の乳搾り体験や、100匹以上の羊の群れが牧羊犬に誘導されながら走って移動してゆく風景など牧場らしい光景も見ることができます。

マザー牧場>>

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