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見沼たんぼと唱歌「案山子」の碑

武蔵野線の東浦和駅から東川口駅にかけて見沼たんぼと言われるのどかな田園風景が広がっています。

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見沼たんぼは、埼玉県の川口市・さいたま市にまたがる芦ノ湖の2倍、1260ヘクタールにもなる広さだそうです。

見沼はもともと広大な沼沢地で、江戸初期の寛永6年(1629)関東郡代伊奈半十郎忠治によって新田開発のため八丁堤が築かれ、江戸中期徳川吉宗の享保の改革によって幕府財政建て直しのため各地で新田開発を押し進め、見沼も見沼代用水が作られさらに開発されることになったそうです。

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見沼代用水沿いを歩いていると、氷川女体神社に隣接した見沼氷川公園で巨大な案山子(かかし)の像を見かけました。

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台座には「唱歌『案山子』発祥の地」と刻まれています。

この地が唱歌「案山子」を作詞した武笠三が生まれた場所で、たわわに実る見沼たんぼの稲穂を歌ったものだそうです。

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歌詞通りの風景が広がっていたことは浦和くらしの博物館民家園に偲ぶことができます。

見沼たんぼは田園風景を満喫できる貴重な場所です。

noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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コメント

 「見沼氷川公園」内の案山子の銅像に刻まれた「唱歌案山子発祥の地」と「作詞者武笠三」は「偽り」であることが証明されました。JASRACの記録には「尋常小学唱歌案山子」♪・山田の中の一本足の案山子~の作詞者、つまり権利者は現在もなお「文部省唱歌」となっています。また都会の田んぼである「見沼田んぼ」が「唱歌発祥の地」ではなく、田舎の山間にある田んぼを詠んだものと当時の「教科書読本」に記載されています。

投稿: 鎌田光夫 | 2007年5月20日 (日) 07時53分

鎌田光夫さんへ
コメントありがとうございます。
「見沼田んぼ」が「唱歌発祥の地」ではないんですか。
いろいろな事柄が分かってくるのは面白いですね。

投稿: Walkerひで | 2007年5月20日 (日) 10時08分

JASRACのデータベースで調べましたが、「案山子」の権利者、作詞者、どちらにも 武笠三 と明記されています。

投稿: ゆうこ | 2007年9月24日 (月) 19時54分

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