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2007年6月

川崎 妙楽寺の紫陽花

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川崎市の妙楽寺は普段は住宅街の静かなお寺ですが、この時期には境内に植えられた281000株の紫陽花が青や紫の花をつけ、あじさい寺として人気です。

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梅雨らしい天気の下、出かけてみると、家族連れや紫陽花を撮影や写生する人たちなど大勢の人がきていますが、境内は静かな雰囲気です。

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境内一面にひろがるあじさいの花は見事です。

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境内は木々が茂り、心癒される空間です。

妙楽寺 

川崎市多摩区長尾3-9-3

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トビに注意

トビの襲撃、各地で多発」のニュースがありましたが、そういえば先日江の島付近を歩いたときに店先や、公園で「トビに注意」の看板をよく見かけました。


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トビに食べ物を奪われる事故が多発しているそうで、お弁当の唐揚げやハンバーガーの中身の肉部分、おにぎりなどを背後からすくい取って行くときに、頭を翼ではたかれた状態になったり、食べ物をすくい取る際に足のツメで引っかかれたりするそうです。藤沢市でも注意を呼びかけています。>>

のんびりとした海岸でこんなことがあるとは知りませんでした。

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藤沢市片瀬の龍口寺

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江ノ電江ノ島駅の近くにある

藤沢市

片瀬の龍口寺交差点は江ノ電が道路を横切る風景に出くわしますが、ここには交差点名となっている龍口寺があります。

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ここはかつて刑場があった場所で、ここで日蓮宗の開祖日蓮が文永8年(1271年)処刑されそうになった、日蓮宗では龍ノ口法難と呼ばれている事件があったそうです。
その後、日蓮の弟子の日法がこの地を「龍ノ口法難霊蹟」としてお堂を建立したのが龍口寺の始まりだそうです。

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龍口寺大書院は、信州松代の養蚕御殿(旧松代藩邸)を移築して建立されたものだそうです。

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風格のある龍口寺の佇まいはそうした歴史本堂右奥には、県内最古の青銅色の「五重の搭」があります。この塔は、明治43(1910)に建てられた総ケヤキ造りで銅版葺の堂々たる構えです。

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白い仏舎利殿からは、かつては江ノ島や相模湾を一望できたそうですが、現在はマンションなどのビルが建ったので、眺めることはできません。

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府中市郷土の森のあじさい

  紫陽花のきれいな時期になりました。府中本町の「府中市郷土の森」でも見頃となり、あじさいまつりが開かれていました。

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府中市郷土の森には、府中市内にかつてあった民家や商家、郵便局や小学校など、歴史を伝える建物が並んでいますが、この時期は紫陽花に囲まれ風情があります。

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ここには、約30種、1万本のあじさいがあるそうですが、園内はどこをみても初夏の風情のあじさいがきれいです。

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府中市郷土の森は梅園で有名ですが、紫陽花もゆったりと楽しみ事ができました。

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府中 大東京綜合卸売センター

府中市郷土の森を訪れたついでに、すぐそばにある大東京綜合卸売センターに立ち寄りました。
大東京綜合卸売センターは、時々情報誌で紹介されているので気になっていました。


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午後になっていたので、市場はゆったりとした雰囲気です。
鮮魚のお店は店仕舞いに忙しそうですが、雑貨や食品のお店は覗くだけでも楽しいです。

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まぐろ丼のお店も府中あなごめしのお店も人気で行列が出来ていました。

大東京綜合卸売センター>>

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広島原爆ドームへ

広島に出かけることになりました。せっかくの機会なので、世界遺産にもなっている原爆ドームを訪れました。

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平和記念公園の慰霊碑の向こうに原爆ドームが見えます。

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原爆ドームは元は地上3階・地下1階の煉瓦造りドーム付きの広島県物産陳列館だったそうです。
194586日午前815分、アメリカ空軍のB-29エノラ・ゲイ号から投下された原子爆弾が、原爆ドームの南東上空580mの地点で爆発したそうです。


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広島への原爆投下は、世界初の核兵器による都市攻撃です。原爆ドームは、それによって引き起こされた悲惨さを無言で伝えています。

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見るからに崩れ落ちそうな原爆ドームですが、ここまで持ちこたえさせるためには大変な努力があるのではないでしょうか。
広島市電に「原爆ドーム前」という電停があるのも風化をさせない人々の気持ちの表れのように感じました。

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尾崎豊の歌碑

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渋谷のCROSS TOWRE(旧:東邦生命ビル)のテラスには、199226歳の
若さで死んだシンガーソングライター尾崎豊の歌碑があります
 


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歌碑には尾崎豊の「17歳の地図」の歌詞が描かれています。

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この場所は、青山学院高等部に通っていた高校時代の尾崎豊が、
学校の帰り道によく立ち寄って夕焼けを眺めていた場所だそうです。

現在もファンが多いようで、記念の落書きが周囲の壁や通路のいたるところ
に書かれています。



Walkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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稲村ケ崎

稲村ケ崎は桑田佳祐が監督した映画「稲村ジェーン」で有名になり、
夕日のきれいな場所としても人気がありますが、ここは「稲村ケ崎
新田義貞徒渉伝説地」の石碑が立つ、古戦場でもあります。

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元弘3年(1333)新田義貞が鎌倉攻めの際、北条軍の強固な守りにより、
新田軍は鎌倉へ攻めあぐんでいたそうです。
その時、宝剣を海中に投げ入れたところ潮が引き、義貞は6万騎を
率いて稲村ケ崎の岸壁沿いに鎌倉へ一挙に突入し、
源頼朝以来150年続いた鎌倉幕府を滅亡させたそうです。

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極楽寺へ通じる道沿いには、文久2年(1862)に建立された「十一人塚」碑
もありました。
新田軍の鎌倉攻めの時、新田方の将の大館宗氏は大軍を指揮し
極楽寺坂切通しに攻め入ったものの、北条方の猛反撃で討死にしたそうです。

最後まで残った11 人も自刃し、この霊を弔うため建立されたそうです。

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この辺りは鎌倉への交通の要所だけに、源義経の腰越状など鎌倉幕府の
防衛の拠点だったことが良く分かります。

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腰越の満福寺と小動神社

江ノ電の腰越駅を降り、表示に従って歩き建物の間を走る江ノ電の踏切を渡ると、頼朝の腰越状で有名な、満福寺の石段があります。

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1185年(元暦2)に平家を滅ぼし凱旋した源義経は、頼朝の命令にそむいたとの理由で鎌倉入りを拒まれてしまいました。
義経は鎌倉のすぐそばのここ腰越の満福寺にひと月ほどとどまり、頼朝に許しを得る書状をしたため差し出しましたが許されなかったそうです。
結局、鎌倉を目の前にしながら鎌倉には一歩も足を踏み入れることなく京に帰らざるを得なかったそうです。
この書状を腰越状といい、その草案というものがこの満福寺に伝えられています。

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満福寺の腰越状>>
境内には、「弁慶の腰掛石」や「弁慶の手玉石」などと名づけられた石もあります。

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龍口寺と反対側の江ノ電腰越駅南側には小動(こゆるぎ)神社があります。

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小動神社は海岸に突き出た小動岬にあり、このあたりは幕末には台場が設置され川越藩・会津藩・長州藩などが沿岸の監視に携わっていたそうです。
現在でも境内の一角からは江ノ島や鎌倉など相模湾を一望の下に望むことができます。

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人影の少ない境内には倉が目に付きますが、かつては「西の祇園の花車、東は腰越の人形山車」と言われるほど有名な7月の小動神社天王祭宵宮祭で使われる山車の倉だそうです。

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中国国歌記念碑と「ここは湘南」の碑

湘南海岸公園を歩いていると、完成間近の碑が目に付きました。

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近づいてみると、読み方も難しい聶耳記念碑とあります。聶耳は日本語読みでは「じょうじ」だそうですが、解説を読むと中国人の聶耳(ニエ・アル)氏の碑だそうです。

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聶耳(ニエ・アル)氏は中国国歌「義勇軍行進曲」を作曲した人で、1935年に来日し日本で生活をしていましたが、湘南海岸(鵠沼海岸)で友人と遊泳中に行方不明になったそうです。

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意外なところで意外な歴史に出逢いました。さらに江の島海岸の片瀬橋のふもとで「ここは湘南」の碑に出逢いました。

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この辺りが湘南と呼ばれるのは、大磯から望んだ平塚までの海岸線が中華人民共和国湖南省洞庭湖の南岸、「瀟湘湖南」に似ているからだそうです。またこの地域は相模国の南部にあたるため佳字を当てる意味もあって、明治時代に湘南と名づけたとされているそうです。

湘南海岸は中国とのゆかりが深い場所のようです。

noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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東高根森林公園へ

川崎市の神奈川県立川崎東高根森林公園へ散歩へゆきました。

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湿性花園の木道はひんやりとした風が吹いています。

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この時期はキショウブがきれいです。アヤメの仲間はいろいろありますが、キショウブは花の色が黄色いので分かりやすいです。

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可愛らしい青紫色の小さな花はヨーロッパ原産のワスレナグサです。
名前の由来は中世ドイツの悲恋伝説に登場する主人公の言葉に因むそうです。

騎士ルドルフが、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を恋人のために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまったそうです。
ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ、「僕を忘れないで」という言葉を残し、その花は彼の墓に供えられ、彼の最期の言葉が花の名になったそうです。

可憐な花にふさわしいエピソードです。開花時期5~7月


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月見草は夜に咲くものですが、これはヒルザキツキミソウという花です。
ツキミソウ(月見草)やマツヨイグサ(松宵草)と同じグループですが、昼間に開花するのでこの名があります。花はつぼみの時期は下を向いていますが、開花すると上を向きます。開花時期5月~7月 北米原産の多年草

入梅前の公園には様々な花が咲いています。

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江ノ島の名物食べ物

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江ノ島はこの時期、生しらすが大人気で、お土産屋の店頭でも立ち食いできます。

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昔からの江ノ島名物といえば、さざえのつぼ焼きと江ノ島丼ですが、どちらも健在です。
江ノ島丼とは、甘めの出汁で煮たさざえの身を刻んだものを卵でとじた丼です。

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相模湾でとれたアジの開きなどの干物は、江ノ島土産として定番の人気です。

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ほかほかと湯気が立つ女夫饅頭(めおとまんじゅう)や、青海苔が入った海苔羊羹(のりようかん)も相変わらずの人気です。

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レトロなデザインの江ノ島ビールや鎌倉ビールなどの地ビールも目を引きます。
江ノ島にはどこか懐かしい食べ物が目白押しです。

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江ノ島の生しらす

鵠沼海岸から江ノ海岸西浜へ歩いてゆくと、砂浜に人盛りがありました。
何事かと思い近寄ってみると、しらす漁の網が引きあげられたようです。

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今日は大漁のようです。しらすは鮮度が大事なので、漁師の方も大量のしらすに大わらわで作業をしています。

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こんな光景を見ては、江ノ島名物の生しらす丼を食べないわけには行きません。
最近は江ノ島の駐車場前の「とびっちょ」が人気ですが、昔からある海上亭まで足を伸ばし、生しらす丼をいただきました。

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眼下に磯釣りをする人たちや沖を走るヨットが見える海上亭からの眺めは相変わらず絶景です。

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お店には爽やかな風が通り抜けていました。

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夏間近の湘南海岸

鵠沼海岸から江ノ島まで海岸沿いを歩いてみました。この辺りを歩いていると、変わった形の器具をつけた自転車をよく見掛けます。

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これはサーフボードを自転車に乗せるための器具です。

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この辺りに住んでいるサーファーには確かに便利そうです。

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サーファーに混じって、もう水遊びをしている親子連れが目に付きます。

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砂浜では、ビーチバレーの大会が開かれています。

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海の家はまだ建築が始まったばかりのようですが、湘南海岸はもう夏を迎えたようです。

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