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腰越の満福寺と小動神社

江ノ電の腰越駅を降り、表示に従って歩き建物の間を走る江ノ電の踏切を渡ると、頼朝の腰越状で有名な、満福寺の石段があります。

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1185年(元暦2)に平家を滅ぼし凱旋した源義経は、頼朝の命令にそむいたとの理由で鎌倉入りを拒まれてしまいました。
義経は鎌倉のすぐそばのここ腰越の満福寺にひと月ほどとどまり、頼朝に許しを得る書状をしたため差し出しましたが許されなかったそうです。
結局、鎌倉を目の前にしながら鎌倉には一歩も足を踏み入れることなく京に帰らざるを得なかったそうです。
この書状を腰越状といい、その草案というものがこの満福寺に伝えられています。

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満福寺の腰越状>>
境内には、「弁慶の腰掛石」や「弁慶の手玉石」などと名づけられた石もあります。

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龍口寺と反対側の江ノ電腰越駅南側には小動(こゆるぎ)神社があります。

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小動神社は海岸に突き出た小動岬にあり、このあたりは幕末には台場が設置され川越藩・会津藩・長州藩などが沿岸の監視に携わっていたそうです。
現在でも境内の一角からは江ノ島や鎌倉など相模湾を一望の下に望むことができます。

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人影の少ない境内には倉が目に付きますが、かつては「西の祇園の花車、東は腰越の人形山車」と言われるほど有名な7月の小動神社天王祭宵宮祭で使われる山車の倉だそうです。

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