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神田明神の銭形平次の碑と小唄碑、国学発祥碑

神田明神を訪れました。

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神田明神は神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神だそうです。
江戸時代を通じて江戸総鎮守として、幕府をはじめ江戸庶民たちからも大切に
されてきました。

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野村胡堂の「銭形平次捕物控」と言えば、長谷川一夫の映画や大川橋蔵のテレビドラマが有名です。
その主人公銭形平次は、神田明神下に住み「明神下の親分」と呼ばれることから、神田明神の境内の明神下を見下ろす地に寛永通寶を形どった銭形平次の碑があります。
その脇には子分の八五郎(通称:ガラッ八)の小さな碑も並んでいました。


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国学発祥の碑もあります。
賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤とともに、国学の四大人の一人といわれる荷田春満(かだのあずままろ)が、江戸に下って神田明神の神主である芝崎好高の屋敷で和学の講義を行ったことから、この神田明神が江戸における国学の発祥の地とされているそうです。

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小唄は江戸時代末期に確立した三味線音楽の一つです。
神田明神で行われる神田祭は粋でいなせな象徴で、江戸小唄には神田祭が随所に取り入れられていることから、大正・
昭和の小唄の作曲に大きな功績を残した吉田草紙庵を顕彰する小唄塚が昭和31年に建てられ、さらに小唄作詞家協会によりその30周年の62年に小唄作詞塚が並んで
建てられたそうです。

神田明神には江戸文化にまつわるいろいろな碑がありました。

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