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姫路城の石垣の変わった石 姥が石

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姫路城はどこから見ても美しい姿です。

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城を下から見上げると、見事に積み上げられた石垣と白壁も優美な
眺めです。

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そんな石垣の1箇所に金網に覆われた奇妙な半円形の石がありました。

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この石は姥が石(うばがいし)といわれているものだそうです。
説明を読んでみると、

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羽柴秀吉が中国攻めの拠点として、この姫山に三層の天守を築いている時に
城の石垣の石がなかなか集まらず、苦労しているという話が広まっていました。
城下で焼餅を売っていた貧しい老婆がそれを聞き、「せめてこれでもお役に立てば」
と古くなった石臼(うす)を差し出しました。
これを知った秀吉は大変喜び、石臼を現在の乾小天守北側の石垣に使いました。
この話はたちまち評判となり、人々が競って石を寄進したため、
工事が順調に進んだといわれています。


とのことです。その石が現在も残っているとは驚きです。

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姥が石のすぐそばに周囲の漆喰の白壁とは雰囲気の違う黒い壁があります。

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この壁は油壁といわれるものだそうです。
この油壁も秀吉が築城した当時のものだそうです。
この油壁は名前とは違って、砂利と赤土粘土、などを米のとぎ汁など
で固めたものと言われています。
油などで固めている訳ではありませんが、その色から油を使用したよう
に見えるという事で油壁となったようです。

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関東地方では徳川時代や鎌倉時代の歴史にまつわる史跡がほとんどですが、
姫路城には秀吉の時代の様々な歴史が今も残っているので、興味深いです。

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