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姫路城 千姫が居た百間廊下

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姫路まで出かけたので姫路城を訪れました。

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姫路城は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての建築技術の粋を極めた
傑作といわれているそうで、軍事的・芸術的にもっとも完成された文化財として
1993年、法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に指定されました。

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空に向かって建ち並ぶ天守群と美しい白壁の広がりが天を舞う白鷺のように
見えることから、別名白鷺城ともいわれます。
姫路城には秀頼の妻の千姫が住んでいたそうですが、歴史に疎いので
その経緯が良く分かりません。

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門構えにも優雅な雰囲気があります。

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百間廊下は、中書丸を守るため囲むように建てられた300m近い建物です。
渡り櫓や、千姫お付きの女たちが住んでいた長局・千姫の身支度や化粧直し
をするための化粧櫓からなります。

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廊下の窓からは、姫路城が細かいところまで細工ができていることが
良く分かります。

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百間廊下の反対側の窓からは本丸を望むこともできます。

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千姫について調べてみると、以下のような波乱に飛んだ生涯を送ったそうです。

徳川二代将軍秀忠の娘千姫はわずか7歳で、豊臣秀吉の子、秀頼に嫁ぎます。
やがて豊臣家と徳川家の争いが起こり、大阪夏の陣で大阪城は炎上し、この時、
千姫の祖父である家康の計らいで大阪城内に居た千姫は助け出されます。
その後、江戸に帰る途中、桑名城主本多忠政の子・忠刻(ただとき)と出会い
家康は、二人の結婚を認めます。
本多家が姫路城の城主となったので、千姫も姫路城の姫となりました。
その後、夫と亡くした千姫は、その後姫路を離れ、尼となり江戸で70歳まで
過ごしました。

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