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2009年5月

赤坂の弾正坂、牛鳴坂、丹後坂

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赤坂の青山通りに面した豊川稲荷の脇から北西に下る九郎九坂の坂下は
弾正坂の坂下と交わります。

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坂名の由来は、西側に吉井藩松平氏の屋敷があり、代々弾正大弼(だいひつ)
に任じられることが多かったために名づけられた、ということです。


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坂に面して東宮御所や秋篠宮邸や高円宮邸のある皇室の赤坂御用地
があり、ものものしい警備がされています。

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青山通りを渡り少し下ると、牛鳴坂という名前の坂があります。

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牛鳴坂(うしなきざか)の坂名の由来は、赤坂から青山へに抜ける厚木通で、
路面が悪く車をひく牛が苦しんだため名づけられた、ということです。
別名、さいかち坂ともいうそうです。

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坂を上がってみましたが、牛が苦しむほどの急な坂ではありません。

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牛鳴坂を上がり左に進むと丹後坂です。

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元禄初年(1688)に開かれたと推定される坂。その当時、東北側に米倉丹後守
(西尾丹後守ともいう)の邸があった。
とのことです。

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石段の坂の丹後坂は、坂下に行くに従って幅が広くなる「末広がり」
の坂で、趣のある姿です。


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豊川稲荷と九郎九坂

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赤坂の豊川稲荷を訪れました。 赤坂豊川稲荷は愛知県にある豊川稲荷の
別院で、大岡越前が信仰したことで有名だそうです。


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豊川稲荷は芸事や商売繁盛にご利益があるそうで、奉納の提灯にも
芸能界の人の名前が目立ちます。


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青山通りに面しているとは思えない落ち着いた雰囲気の境内には、
休憩をするビジネスマンの姿も見かけます。

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本殿の両脇には、今にも動き出しそうなきつね像があります。

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境内をめぐると、いたるところに狐の像があります。

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「子抱ききつね」の像は、この狐の像を撫でながら祈願すると、子宝を授けて
くれるといわれているそうです。

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豊川稲荷の脇から北西に緩やかに下る坂は九郎九坂(くろぐざか)
という坂です。

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坂名の由来は、江戸時代の一ツ木町名主であった秋元八郎左衛門の先祖、
九郎九が住んでいたことから坂名になったそうです。
鉄砲練習場があったことから、鉄砲坂ともいわれていたそうです。


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根津の風景

東京芸術大学から根津近辺までぶらぶらと歩いていると、

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上野桜木の交差点角には、創業は昭和初期創業のカヤバコーヒーが
あります。 店内も風格のある落ち着いた雰囲気だそうです。
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道路を挟んで、旧吉田屋酒店の建物があります。
現在は下町風俗資料館付設展示場となっているそうです。
もともと谷中6丁目で江戸時代から続く吉田屋酒屋が、昭和61年に改築
する際、所蔵の道具類や文書とともに、台東区に寄贈され、
現在地に移築したそうです。

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言問通りを下ってゆくと、懐かしいおいしそうなせんべい屋さんもあります。

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路地に入ると、路上にくっきりと野球のホームベースと打席のラインが
引かれています。

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その先にはマンホールをマウンドに見立て、ピッチャーズプレートも
描かれています。最近キャッチボールをする風景を見かけなくなりました
が、ここでは本格的に行われているようです。

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根津駅近くまでくると、東京都指定食堂と書かれたお店があります。
昭和初期に、それまでの東京市営の食堂に代わる「低廉なる民間食堂」
として東京都の指定を受けたのが東京都指定食堂だそうです。
太平洋戦争中には、外食券食堂に指定されていたそうです。

根津近辺は古い建物が残っているだけではなく、生活の中に歴史が今も
生きていることを実感できます。

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東京芸術大学へ

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上野の東京芸術大学を訪れる機会がありました。赤煉瓦の校門が
伝統を感じさせます。

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東京芸術大学は、昭和24年に東京美術学校と東京音楽学校が一緒に
なったそうです。
このためか、道路を挟んで音楽学部と美術学部の2つに分かれています。
音楽学部の校門の脇の受付の建物も風格があります。

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キャンパスの一角にベートーベンの像がさりげなくあるのが、いかにも、
東京芸術大学音楽学部らしいです。 これはブールデルの作品だそうです。

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赤煉瓦1号館は東京都内最古の煉瓦建築物です。

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道路を渡った美術学部に行くと、大学美術館陳列館の脇に皇居二重橋の
架け替えで外された、飾灯が置かれています。

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このバルザックの像はロダンの作品だそうです。

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木立の中にある六角堂には、岡倉天心の像があります。
岡倉天心は、美術行政家、美術史家、美術指導者、思想家など多方面
で活躍し、東京美術学校の創設者でもあるそうです。

様々な分野の芸術家の彫刻や由緒ある建造物が、さりげなくいたる
ところにあるのが、いかにも芸術大学らしいです。

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淀橋

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新宿の青梅街道を成子坂下付近まで来ると、神田川にかかる淀橋という
橋があります。

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淀橋というと、最近は大型カメラ店を思い浮かべますが、新宿副都心は、
元は淀橋浄水場の跡地であることを思い出しました。

このあたりは淀橋という地名で、1932年 に淀橋町・大久保町・戸塚町・落合町
が東京市に編入した際、4町の区域をもって淀橋区が発足したそうです。

その後、淀橋区は新宿区に編入されました。

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この地域の地名の由来ともなった淀橋ですが、この橋はかつて姿見ずの橋、
面影橋などと呼ばれていたそうです。
「姿見ずの橋」は中野長者伝説から来たもので、花嫁はこの橋を渡ると行方不明
になるという言い伝えがあったようです。

鷹狩りに来た際に姿見ずの橋を通った徳川家光が橋の名前の由来が不吉である
ことを知り、風景が京都の淀川に似ていたことから淀橋と改名したそうです。

ひとつの橋の名前がさまざまな歴史を持っていることを知りました。

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神田川の歌碑

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大久保通りを中野区中央1丁目付近まで行くと、神田川にかかる末広橋
があります。その橋の脇に1973年(昭和48年)発売のヒット曲「神田川」の
歌碑があります。

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作詞:喜多條 忠、作曲:南 こうせつ、歌:南こうせつとかぐや姫

歌碑には歌詞が刻まれ、思わず口ずさんでしまいます。

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現在の神田川はきれいに整備され、遠くには新宿の高層ビル群が見えます。
しかし、周囲の街並みは歌詞の雰囲気をどことなく感じることができます。


神田川の曲について>>

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成子坂と成子天神

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新宿副都心の高層ビル街のすぐ近くの青梅街道に成子坂があります。
坂名前は、道路に面してある成子天神に由来しています。

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成子天神は、青梅街道に面してある鳥居から100mくらい続く参道を入った
ところにあります。

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新宿のビル街の一角とは思えない雰囲気の成子天神は、富士塚もあるそう
ですが、正月の時期以外は公開されていないそうです。

成子天神は、延喜3年(903年)の創建であるといわれ、祭神は菅原道真です。
建久8年(1197年)に源頼朝が社殿を造営したといわれているそうです。
寛文元年(1661年)に現在地に移転し、この地区の鎮守となりました。
とのことです。

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社殿のわきには新宿区指定文化財の7個の『力石』があります。
江戸時代の秋の大祭にはこの石で、若者たちが力くらべをしたそうです。

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石には、重さと持ち上げたと思われる人の名前、が刻まれています。

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館林つつじが岡公園の見事なつつじ

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つつじの名所として知られる館林のつつじが岡公園を訪れました。

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約12.6ヘクタールの園内には、ヤマツツジ、キリシマツツジ、レンゲツツジ
リュウキュウツツジなどの50余品種1万株のツツジがあるそうです。

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見頃を少し過ぎているようですが、見事な枝振りの高さ5m近い巨樹の
つつじの迫力には圧倒されます。
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真紅つつじの花が満開の姿は、紅葉を見ているかのようです。


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色とりどりのつつじが折り重なり、花のトンネルになっています。

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つつじが岡公園の隣には大きな沼が見えます。この沼は、かつて館林城
を囲んでいたことから、城沼といわれているそうです。

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つつじが岡公園一帯は、室町時代の弘治2年(1556)に、すでにつつじが崎
の名で呼ばれ、古くからつつじの名所であったそうです。

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ここには、世界でも珍しい樹齢800年を超える古木も現存しているそうです。

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つつじの名所とは聞いていましたが、これほど見事とは思いませんでした。

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館林野鳥の森ガーデンの芝桜


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福茶釜で有名な茂林寺から、芝桜がきれいな野鳥の森ガーデンまでは
広々とした遊歩道が続いています。

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野鳥の森ガーデンのそばの橋にも、茂林寺と同じように滑稽な表情の
狸の置き物が立っています。
橋で釣りをしている人は、大きな蛙を釣っていました。

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野鳥の森ガーデンの芝桜はこの時期は盛りを過ぎていました。


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80,000㎡の敷地内に40万株の芝桜が植えられているそうです。

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残念ながら、見事な芝桜は見ることはできませんでしたが、最盛期には
一面に広がるピンクのじゅうたんがさぞきれいなことでしょう。

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館林の茂林寺へ

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館林といえば、狸が茶釜に化ける童話「分福茶釜」の物語の舞台となった
茂林寺が有名です。

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参道のお店には、可愛らしい表情の狸の置き物が並んでいます。 

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茂林寺の総門は、応仁2年(1468年)に建立されたものだそうです。


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総門をくぐると、さまざまな表情の狸たちが並んでいます。

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見事な茅葺の山門は、元禄7年(1694年)の建立だそうです。


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分福茶釜と茂林寺の由来はこちら 茂林寺>>

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足利フラワーパークの見事な藤

「この時期、足利の藤は見事だ」との話を聞き、遠征してみました。

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足利駅からシャトルバスであしかがフラワーパークに到着です。

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園内は、いたるところに咲く藤の花の香りで包まれています。

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80m続く白藤のトンネルはまるで雪山のようです。

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薄紫色の藤の花房が滝のように下がる姿は、見事です。

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樹齢140年の藤の巨木は、35メートル四方に広がり花を咲かせています。

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この地に移送された当時でも50畳敷きの枝振りだったそうですが、
現在では600畳の大きさまで育ったそうです。

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大勢の見学の人が見事な藤を見上げています。

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ブドウの房のように垂れ下がっているのは、珍しい八重咲きの藤です。   

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あしかがフラワーガーデンのパンフレットには、「世界が息を呑んだ美しさ」
とありましたが、まさにそれにふさわしい見事な藤の眺めです。

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