« 胸突き坂と梨木坂 | トップページ | 東京大学ヘ »

見送り坂、見返り坂と本郷薬師

P1030744

菊坂を登り切ると本郷通りです。
そこには、「別れの橋跡」「見送り坂」「見返り坂」と書かれた道標が立っています。

説明によると、

むかし太田道灌の領地の境目なりしといひ伝ふ。その頃追放の者など
此処より放せしと・・・・・・
いずれのころにかありし、此辺にて大きなる石を堀出せり、是なんかの別れの
橋なりしといひ伝へり・・・・・・
太田道灌(1432~86)の頃在任など此所よりおひはなせしかは、ここよりおのが
ままに別るるの橋といへる儀なりや」と『改撰江戸志』にある。

 この前方の本郷通りはややへんこんでいる。むかし、加賀屋敷(現東大構内)
から小川が流れ、菊坂の谷にそそいでいた、

『新撰東京名所図会』(明治40年刊)には、「勧業場本郷館(注・現文京センター)
の辺は、地層やや低く、弓形にへこみを印す、其くぼめる所、一条の小渠、
上に橋を架し、別れの橋といひきとぞ」とある。

 江戸を追放された者が、この別れの橋で放たれ、南側の坂(本郷3丁目寄)で、
親類縁者が涙で見送ったから見送り坂。追放された人がふりかえりながら去った
から見返り坂といわれた。

 今雑踏の本郷通りに立って500年の歴史の重みを感じる。


P1030750

「見返り坂」は東京大学学士会館より南側、「見送り坂」はその学士会館から
赤門までを言うそうですが、僅かな傾斜なので坂なのかどうか戸惑います。


P1030812
写真は、本郷3丁目方面


P1030832
本郷3丁目から別れの橋跡方面

P1030823

本郷3丁目の交差点近くには本郷薬師の看板を掲げた門があります。

P1030827

寛文10年(1670)真光寺の境内に建立された本郷薬師は、神楽坂善国寺の
毘沙門天縁日と並んで有名な縁日で植木、骨董、雑貨をはじめ飲食店も
軒を並べ大変な賑わいを見せたそうですが、戦災で真光寺は世田谷に移転し、
昭和53年3月再建された御堂だけが残っているそうです。

このあたりは、江戸時代の人々の暮らしを感じることができる場所です。

foot今日も坂めぐり>>

|

« 胸突き坂と梨木坂 | トップページ | 東京大学ヘ »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

江戸時代めぐり」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/400245/30502027

この記事へのトラックバック一覧です: 見送り坂、見返り坂と本郷薬師:

« 胸突き坂と梨木坂 | トップページ | 東京大学ヘ »