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小田原 伝肇寺の童謡「赤い鳥小鳥」の歌碑

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小田原文学館の白秋童謡館にあった童謡「赤い鳥小鳥」の歌碑が
北原白秋が住んでいた小田原伝肇寺にもあるというので、
足を延ばしました。

小田原駅北側の坂道を登ったところにある伝肇寺には、「みみづく寺」
と書かれた大きな石碑が建っています。

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山門の脇には、「北原白秋と伝肇寺ーみみづく寺の由来」の説明書きが
あります。

大正7年、34歳の北原白秋は、小笠原から小田原に転居した。
自然と一体の生活を望んでいて、伝肇寺三十四世の云隆和尚を頼り、
境内に芭蕉好みの南方的な庵室「木菟(みみづく)の家」を建てた。

大正15年、東京に転居するまで、短歌、論文、小説等を多数発表、
華々しい活躍をした。
「あわて床屋」、「かやの木やま」等の童謡を世に送り、有名になった。

白秋の生地は福岡県の柳川市で、当時、それに似た町並みを持つ
城下町小田原は、深く彼の心をとらえていた。

そのためか、当時の文学題材は、その殆どが付近の風物に印象を得ている。
白秋は、昭和17年11月2日に没したが、彼にとって、小田原は、第二の故郷と
言っても過言ではなかろう。



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境内のユーモラスな六俵大黒天像の隣に童謡「赤い鳥小鳥」の歌碑が
あります。

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年月を経て文字がよく読み取れませんが、白秋童謡館と同じ形の石に
書かれた「赤い鳥小鳥」歌詞は、白秋自筆のものだそうです。

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境内にあるみみづく幼稚園には、「北原白秋赤い鳥記念」と記され、
今も子供たちに歌い継がれている白秋の童謡の故郷の幼稚園
らしい光景です。


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