« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

姿を変えつつある丸の内の風景

P1040206

東京駅の丸の内口構内は工事中の場所が多いですが、外に出てみると
赤煉瓦の東京駅全体が工事用のシートに覆われているので驚きました。

現在、創建当初の姿に再建する工事がおこなわれています。

P1040204

東京駅の脇の東京中央郵便局も工事が始まっています。

P1040203

歴史的にも価値があり、丸の内の風景の一部になっていた中央郵便局
ですが、東京の超一等地だけに、その姿はそのまま残し背後に高層ビル
を建てるそうです。

P1040209

裏側から見ると、その工事の様子が分かりやすいです。

やがて、生まれ変わった東京駅と東京中央郵便局が姿を現すと
新しい丸の内の歴史が始まります。


東京駅と中央郵便局の工事開始前の姿はこちら>>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本最古のヘリコプター

P1040182

大田区下丸子にある全日本空輸の安全教育センターを訪れました。

P1040200

ロビーの一角には、ヘリコプターが展示されています。 

P1040184

ベル47D-1(JA7008)というヘリコプターです。

P1040194

説明板には以下のように記されています。

ANAの前身である日本ヘリコプター輸送株式会社が昭和27年12月25日に
ベル・エアクラフトから購入した2機にのヘリコプター(JA2007、JA2008)の2号機。

約2ヶ月の慣熟訓練を終え、昭和28年2月20日から有償飛行開始、宣伝飛行や
遊覧飛行を行い、最新鋭のヘリコプターを見ようと、会場は黒山の人だかりとなった。

同年5月4日福岡県小倉市で(現在の北九州市)児童遊覧飛行前の試験飛行で
ホヴァリング中に、エンジンがストップして不時着、日本ヘリコプター初の事故となった。

昭和30年6月21日には、北海道勇払郡で農薬散布中右側のモーターが作動せず、
着陸時にバランスを崩し、ローターが接地、大破した。

2回も事故にあったが、奇跡的に怪我人もなく機体も修復し、その後も報道や
救命活動、山間部の高圧電線架線で活躍し、昭和45年8月まで18年間飛び続けた。

総飛行時間は4,833時間38分

退役後の昭和48年9月10日に東京交通博物館に寄贈されたが、平成20年12月、ANAに返還された。

全長13.17m 全幅2.64m 全高さ2.83m 自重726kg
エンジン フランクリン6V4 200-C 32型 200hp
最高速度 156km/h 航続距離 168km 航続時間 1時間45分

日本に現存する最古のヘリコプター


P1040185

金魚鉢のような操縦席は視界は良いです。
 
P1040190

全日本空輸の前身、日ペリの表記がされた燃料タンク


P1040193

エンジンは意外に小さいです。

P1040189

日本最古のヘリコプターであることを示すJA7008の表記

P1040191

森永製菓のキャンペーンでも使われたこのヘリコプターは、東京交通博物館
の天井に吊るされている姿を見ましたが、間近に見るとその大きさと、
意外に簡単な造りであることがよく分かります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

二子玉川の花火

二子玉川の花火見物に出かけました。

P1040210

最近の花火大会は良い場所は有料席になっています。
しかし、予約した席まで辿り着くのにも大変な行列です

P1040267

ようやく着席し、花火が始まると、真正面に花火が打ちあがります。

P1040277

真上に上がる花火は、火の粉が降りかかりそうです。

P1040280

P1040281

しばし、さまざまな形や色の花火に見入ってしまいます。

P1040298


P1040304


P1040315

P1040318

花火も進化しているのがよく分かります。

P1040338


P1040345

打ちあがる花火を見あげていると、首が疲れてきます。

P1040366

P1040385

あっという間に1時間の花火の競演は終わりましたが、また帰りも
大変な混雑です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

原宿駅 宮廷ホーム

P1040177

原宿駅の新宿寄りに天皇専用の「宮廷ホーム」といわれるホームがあります。

P1040180

お召し列車専用の発着ホームで、正式名称は「原宿駅側部乗降場」といいます。

P1040176

1926年(大正15年)8月、当時病弱だった大正天皇が宮城から沼津御用邸や
葉山御用邸等へ静養に出発するために建設されたそうです。

P1040179


天皇陛下以外は皇族でも単独では利用できないそうですが、現在は通常の
営業列車を御使用なされることが多くなったため、この宮廷ホームから出発
されることは極端に減っているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真夏の深大寺へ

P1040161_2

年越し蕎麦や初詣で訪れたことのある深大寺ですが、真夏のこの時期に訪れました。

P1040160_2

予想とは違って、暑さの中でも深大寺を訪れる人は大勢います。

P1040157

葦張りの天井の深大寺蕎麦の店内は、涼しいので読書をしながら
蕎麦を食べる人も多く、ゆったりとした雰囲気です。

P1040159

大きな扇風機と氷の文字とほおずきが懐かしい夏を感じさせます。

P1040168

蕎麦店の軒先には、風鈴が爽やかな音色で揺れています。

P1040162

P1040165

深大寺の山門の両脇には大きな蓮の花が咲いています。

深大寺は夏に訪れても楽しめる場所です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

那須 南ヶ丘牧場へ

P1040094

那須へやってきたので、 南ヶ丘牧場を訪れました。

P1040098

動物と遊べる南ヶ丘牧場は夏休みの家族連れで大賑わいです。


P1040102   

P1040096

栃木ネタで人気の漫才師「U字工事」も大絶賛、と書かれたソフトクリーム
売り場は行列ができています。

P1040097

南ヶ丘牧場のミルクやソフトクリームには、ガーンジィ種の牛乳が使われて
いるのが特徴だそうです。

ガーンジィ種は、明治20年にイギリス領チャネル諸島のガーンジィ島から輸入
された乳牛で、日本には南ヶ丘牧場をはじめ約200頭しかいないそうです。

ガーンジィ種は、ホルスタイン種と比べ体格が小さく乳成分が高いですが、
乳量が少ないためあまり飼われないそうです

しかし、コクがあり、甘く、クリーミーで滑らかな口当りのおいしい乳だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

那須の殺生岩

P1040087

那須の殺生岩を訪れました。

P1040088

名前通りに付近には硫黄の臭いが立ち込めています。

P1040089

湯の花採取所には白い湯の花が広がっています。

P1040090

岩の上に小石が積み重ねられた光景は、異様な雰囲気です。

P1040091

千体地蔵と名付けられた石像が並ぶ光景も不気味です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

那須高原散歩

P1040107

那須を訪れました。一面に広がる森は緑の絨毯のようです。

P1040122

涼しい木陰の散歩道は静かです。

P1040138

散歩道の脇に巨大なキノコが生えています。

P1040128

散歩の途中の農産物直売店では、珍しい花おくらが売られています。
花をそのまま食べると、オクラらしく少しネバネバしています。

P1040137

那須高原の散歩は爽やかで気持良いので、どこまでも歩けてしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓮田サービスエリアの芭蕉句碑

P1040082

東北自動車道下りの蓮田サービスエリアに立ち寄ると、松尾芭蕉の
「行春や 鳥啼く魚の 目に泪」 の句碑がありました。


P1040084

説明板によると、

奥の細道を書いた松尾芭蕉は、大自然と人間の心をうたいあげた
優れた俳人です。芭蕉が旅に出たのは、元禄2年3月27日です。

船で隅田川を北上し千住まで行き、そこで詠んだ矢立の初めての句が
「行春や 鳥啼く魚の 目に泪」 です。

最初の宿は春日部でした。
その後、約5か月、2400kmにおよぶ長く厳しい旅で、多くの名句を残しました。

ここ蓮田サービスエリアでは現代の奥の細道の入口にちなんで「矢立の初め」
としてこの句をとりあげました。
なお、この先にも、ゆかりの地に句碑を設置してあります。

とのことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京大学の変わった植樹碑

P1030779

本郷の東京大学の正門の脇に変わった建物があるのに気がつきました。

P1030781

柱ばかりの建物の屋根に植物が生い茂っています。

P1030784

建物の周囲を廻ってみると、樹の幹が建物の上まで延び広がっているようです。

P1030780

説明板によれば、この建物は「梅謙次郎博士追慕植樹碑」だそうです。

梅謙次郎(うめ・けんじろう)氏は、明治時代の法学者で、民法や,商法の
起草者のひとりだそうです。

その梅謙次郎が愛していたのがこの木斛(モッコク)の樹だったそうで、
平成22年に生誕150年没後100年を迎えるので、植えられたそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小田原 北条氏政・氏照の墓所

P10309891

小田原といえば、北条氏を思い出しますが、小田原駅の西口には、
北条早雲の像があります。

P10309811

小田原駅東口の飲食店街を抜けたところには、小田原市指定史跡の
北条氏政・氏照の墓所があります。

説明板によれば、

北条氏政は、北条氏四代の領主。氏照は氏政の弟で八王子城など
5つの支城の城主でした。
天正18(1590)年豊臣秀吉の小田原攻めにより小田原城が落城すると、
五代領主氏直は高野山に追放され、父氏政とその弟氏照は城下の
田村安斎邸(現南町)で自刃しました。

両人の遺体は、当時この地にあった北条氏の氏寺、伝心庵に埋葬
されました。(現在、永久寺所有)

その後放置されていた墓所は、稲葉氏が城主の時(1633~1685)北条氏
追福のため整備されました。
大正12(1923)年の関東大地震では墓所が埋没する被害を受けましたが、
翌年地元の有志により復元されました。


と記されています。


P10309861



P10309821

墓所の柵には、鈴が文字通り鈴なりに下げられています。

「幸せの鈴」と書かれた看板の説明では

箱の中の「鈴」に、民を思う領主の優しい心が、きっと宿っています。
ここに眠る北條氏政、氏照は、長引く秀吉との攻防戦の中、
戦禍にまみえる領民を思い、開城を決意されたと伝えられています。

願いをかけて「鈴」を持ち帰り、かけた願いがかなったら、「幸せの鈴」
を結びに来てください。
「幸せの鈴」がいっぱいになれば、ここに眠る領主での、なによりの供養
となることでしょう。

とのことです。

P10309831

墓地内には、
◇五輪塔 大(高115cm)・中(高73cm)・小(高67cm)の3つ
◇生害石1個(長115cm、幅78cm)
  氏政・氏照がこの石上で自害したと伝わっています)
◇笠塔婆型墓碑1基
◇石燈篭

などがありますが、すべて江戸時代に造られたものだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »