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2010年8月

軽井沢の「千曲川旅情」歌碑

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中軽井沢から浅間山鬼押出しに向かう坂の途中、右側の塩壺温泉入口付近
に千曲川旅情の歌碑があります。

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樹木に包まれた一角で苔むしている歌碑は軽井沢の歴史を感じさせます。

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歌碑には、島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」の詩と楽譜が刻まれています。

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「曲碑弘田龍太郎」説明板には

弘田龍太郎は、あの島崎藤村の詩「千曲川旅情のうた」の作曲者であります。
「千曲川旅情のうた」の作曲はこの地の別荘において成ったといわれ、
それを記念して昭和34年に建立されました。

この碑には「千曲川旅情のうた」の曲譜と文学博士中山久四郎の弘田龍太郎を
しのぶ文が銅板ではめ込まれています。

と記されています。


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夏のこの時期車が行き交う表通りから少し入っただけの場所に静かに
鎮座する石碑は風情があります。

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なお、曲碑の由来には次のように長文が記されています。

「靴がなる」「叱られて」「春よこい」その他数々の名曲を作曲された弘田龍太郎
先生は大正10年この地に童話作家岸辺福雄氏と隣り合わせに山荘を
建てられた。

当時、北原白秋、草川信その他の詩人や作曲家によって童話運動がほうはい
としておこり、先生は、日本の新しい子供のうたをつくり出され、後世にのこる
日本童話の開花時代をつくられたのであります。

先生はこの山荘を愛され、毎夏をここに過ごしては数々の名曲をつくられました。
大正10年8月第1回芸術教育講習会が内村鑑三先生命名の星野遊学堂で
開かれ、当時日本の文壇画壇に光彩を放っていた北原白秋、島崎藤村、
沖野岩三郎、山本鼎の諸氏と共に弘田龍太郎は29歳の新進講師として
来軽されました。

島崎藤村先生は旅情詩「小諸なる古城のほとり」を作られ、弘田龍太郎先生を
訪ねられて作曲を依頼されたのです。

先生はこの山荘で曲想を練り、大正14年8月「千曲川旅情の歌」と題して曲詩を
発表されるや、果然当時の若人の心を躍動させ不朽の名曲として人々に
親しまれる様になりました。

曲碑「千曲川旅情の歌」は、作曲家弘田龍太郎先生の偉業を偲び、山荘から
流れていた数々のメロディーを永久に記念するためにゆかりの地に建設した
もので、小諸懐古園にある有名な藤村先生の詩碑と、この曲碑は好一対をなすものです。

設計は造園家飯田十基先生が浅間山麓の自然石を使って配置され、パネルは
彫刻家長谷川豊雄先生が弘田先生の筆になる楽譜を彫刻され、頌詞は地元出身
の文学博士中山久四郎先生が記されたもので、昭和34年6月14日当主3代目
星野嘉助が建碑しました。


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浅間牧場「丘を越えて」の歌碑

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標高1200mの北軽井沢浅間高原にある浅間牧場は夏でも涼しいです。


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広さ800万ヘクタールもある浅間牧場はのどかなまさに牧歌的な風景が
広がていますが、その一角に昭和の歌謡曲「丘を越えて」の碑があります。


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牧場の中腹にある碑を目指し、まさに丘を越えて進みます。

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丘の頂上付近に「丘を越えて」の歌碑があります。

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「丘を越えて」は、1931年(昭和6年)藤山一郎の歌唱によって発売された
昭和の歌謡曲です。


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もとは、「ピクニック」という明治大学マンドリン倶楽部のマンドリン合奏曲として
作曲され、それに島田芳文が詞をつけたものが「丘を越えて」だそうです。

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「丘を越えて」の碑由来

日本歌謡曲のなかで大衆にもっとも広く、長く愛された「丘を越えて」は
昭和6年に島田芳文作詞、古賀政男作曲、藤山一郎唄というフレッシュコンビ
で世に出、大ヒット以来今日まで愛誦されている。

その作詞島田芳文(明治31年~昭和48年)は北軽井沢をこよなく愛し
戦後は浅間高原の近くの山荘に住み自然を友として悠々自適の生活に生き、
この碑をみずから庭に建て名作を生んだ若き日をなつかしんでいた。

没後これを唄の舞台になった丘に移し大衆の想いに触れることを念じ
ここに建立される運びとなった。

                   長野原町
                   北軽井沢観光協会  P1060770

♪丘を越えて行こうよ   真澄の空は朗らかに晴れて楽しい心
  鳴るは胸の血潮よ讃えよわが青春を  いざゆけ遥か希望の丘を越えて

♪丘を越えて行こうよ   小春の空は麗らかに澄みて嬉しい心
   湧くは胸の泉よ讃えよわが青春を  いざ聞け遠く希望の鐘が鳴るよ

歌碑は歌詞を思い起こさせる風景の中に建てられています。


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鹿沢温泉の「雪山賛歌」歌碑

長野県嬬恋村の鹿沢温泉に「雪山賛歌」の歌碑があると知り、訪れてみました。

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長野と群馬の県境にある湯ノ丸山の北麓、湯尻川に鹿沢(かざわ)温泉
とうい温泉があります。

古くから長野県側から峠を越えて湯治にくる温泉だったそうですが、
現在の鹿沢温泉には、紅葉館という古い佇まいの宿が残っているだけです。

その紅葉館には、「雪山賛歌発祥の湯」の立て看板があります。
ここは、有名な「雪山賛歌」が生まれた所として知られているそうです。

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紅葉館は明治2年(1869年)の創業で130年を超える歴史を持つそうです。
道路側から見る本館は昭和10年建築当時のものです。
玄関には「日本秘湯を守る会」の提灯と昔のスキーと蓑笠が飾られ、
いかにも雪山賛歌発祥の湯にふさわしい風情です。

紅葉館>>

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雪山賛歌の歌碑は、紅葉館から50mほど離れた道路沿いにあります。

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歌碑には雪山賛歌の歌詞が刻まれています。

雪よ岩よ われらが宿り 俺たちゃ町には 住めないからに
山よさよなら ごきげんよろしゅう また来る時には 笑っておくれ

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歌碑お脇の説明には、以下のように詳細が記されています。

「大正15年1月京都帝国大学の山岳部が鹿沢温泉でスキ-合宿された。

合宿が終わってから後に第1回南極越冬隊長をされた西堀栄三郎氏、
京大カラコルム遠征隊長となった四手井綱彦氏、アフガニスタン遠征隊
を勤めた酒戸弥二郎氏、並びに東大スキ-部OB で後にチャチャヌプリ
遠征隊長をされた渡辺漸の4名にてスキ-で新鹿沢へ下って宿泊されたが
翌日天候が崩れ宿に閉じこめられた。

一行は、退屈まぎれに「山岳部の歌」を作ろうと言うことになり、曲を
アメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」としこれに合わせて皆で上の句、
下の句と持ち寄って作り上げたものであると言う。

戦後京大山岳部員が当時の資料に記載されていたこの歌を寮歌に加え
歌われ始めたのが急速に一般にも愛唱されるようになったが、
作者不詳となっていたものを作詞の状況を知った、京大教授、桑原武夫氏
が作詞は西堀だと著作権の登録をされたもので、この印税は同山岳部の
活動の大きな資金源となっていると言う。

「雪よ岩を」で山を愛するものたちに親しまれているこの歌こそ
粉雪舞う鹿沢温泉角間峠付近にピッタリで有り、その自然は今も昭和初期
と変わっていないと思う。

今回地元でこれを記念し「雪山讃歌の碑」として、台字を西堀氏直筆にて
鹿沢温泉に建立した。

昭和57年4月群馬県吾妻郡嬬恋村

大正15年西堀栄三郎氏(後の第1次南極観測越冬隊長)ら京大山岳部の
学生たちが鹿沢温泉でスキー合宿していた際にできた歌で、これを記念した
碑です。


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歌碑見学を終え、紅葉館から田代湖に向かってゆく下り車線を40キロで
ゆっくり走ると、タイヤの摩擦で、雪山賛歌の曲が流れてくるのに驚かされます。

メロディーラインといわれるもので、群馬県が今年から県内8ヵ所で整備している
そうですが、は曲の1フレーズに必要な約300メートル区間の道路舗装面に
音程やリズムを調節する、細かい間隔の溝を施すことで、通過する自動車の
振動音が音楽に聞こえる仕組みだそうです。

雪山賛歌のメロディラインは2010年4月下旬にできたそうですが、
これから話題になりそうです。

桐生タイムス”音楽奏でるメロディーライン”>>


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嬬恋ゆり園は花盛り

35度の猛暑が続く東京とは違い20度台半ばと涼しい群馬県嬬恋村の
鹿沢ゆり園を訪れました。

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冬場はスキーゲレンデとなるなだらかな斜面一面にに色とりどりの百合の花
が広がっています。

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リフトに乗り空中から見ると次々と変わるゆり姿が万華鏡のようです。
鹿沢ゆり園は6万㎡の敷地に50万本の百合があるそうです。

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中腹でリフトを降り下を見下ろすと、ユリの花越しの眺望が見事です。

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歩いて下りながら間近に花を見ると1本の茎からいくつもの花が咲いている
様子がよくわかります。

百合の花にこのようなさまざまな色があるとは知りませんでした。

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きれいな花と涼しさで歩いていても爽やかな気分になります。
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早咲きのゆりは色が濃く香りが弱いそうですがまだ咲き始めたばかりで
8月下旬まで花を楽しめそうです。

遅咲きの百合は色が淡く香りが強いそうですが、8月中旬から9月上旬に
楽しめるそうです。

鹿沢ゆり園>>

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嬬恋のキャベツ畑

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嬬恋パノラマラインは見渡す限り一面のキャベツ畑です。

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22~23℃のさわやかな高原の気候でキャベツは育っています。
爽やかな風はキャベツの匂いです。

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付近の直売店では、採れたてのキャベツが2個150円で山積みになって
次々と売れています。

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夕顔の実は巨大でユーモラスです。

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しめじなどのきのこも量が尋常ではありません。

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しいたけは栽培されたままの状態で売られています。

雄大な嬬恋の風景と同じように、野菜たちものびやかな姿で売られています。

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