« 嬬恋ゆり園は花盛り | トップページ | 浅間牧場「丘を越えて」の歌碑 »

鹿沢温泉の「雪山賛歌」歌碑

長野県嬬恋村の鹿沢温泉に「雪山賛歌」の歌碑があると知り、訪れてみました。

P1060845

長野と群馬の県境にある湯ノ丸山の北麓、湯尻川に鹿沢(かざわ)温泉
とうい温泉があります。

古くから長野県側から峠を越えて湯治にくる温泉だったそうですが、
現在の鹿沢温泉には、紅葉館という古い佇まいの宿が残っているだけです。

その紅葉館には、「雪山賛歌発祥の湯」の立て看板があります。
ここは、有名な「雪山賛歌」が生まれた所として知られているそうです。

P1060843

紅葉館は明治2年(1869年)の創業で130年を超える歴史を持つそうです。
道路側から見る本館は昭和10年建築当時のものです。
玄関には「日本秘湯を守る会」の提灯と昔のスキーと蓑笠が飾られ、
いかにも雪山賛歌発祥の湯にふさわしい風情です。

紅葉館>>

P1060850

雪山賛歌の歌碑は、紅葉館から50mほど離れた道路沿いにあります。

P1060849

歌碑には雪山賛歌の歌詞が刻まれています。

雪よ岩よ われらが宿り 俺たちゃ町には 住めないからに
山よさよなら ごきげんよろしゅう また来る時には 笑っておくれ

P1060851

歌碑お脇の説明には、以下のように詳細が記されています。

「大正15年1月京都帝国大学の山岳部が鹿沢温泉でスキ-合宿された。

合宿が終わってから後に第1回南極越冬隊長をされた西堀栄三郎氏、
京大カラコルム遠征隊長となった四手井綱彦氏、アフガニスタン遠征隊
を勤めた酒戸弥二郎氏、並びに東大スキ-部OB で後にチャチャヌプリ
遠征隊長をされた渡辺漸の4名にてスキ-で新鹿沢へ下って宿泊されたが
翌日天候が崩れ宿に閉じこめられた。

一行は、退屈まぎれに「山岳部の歌」を作ろうと言うことになり、曲を
アメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」としこれに合わせて皆で上の句、
下の句と持ち寄って作り上げたものであると言う。

戦後京大山岳部員が当時の資料に記載されていたこの歌を寮歌に加え
歌われ始めたのが急速に一般にも愛唱されるようになったが、
作者不詳となっていたものを作詞の状況を知った、京大教授、桑原武夫氏
が作詞は西堀だと著作権の登録をされたもので、この印税は同山岳部の
活動の大きな資金源となっていると言う。

「雪よ岩を」で山を愛するものたちに親しまれているこの歌こそ
粉雪舞う鹿沢温泉角間峠付近にピッタリで有り、その自然は今も昭和初期
と変わっていないと思う。

今回地元でこれを記念し「雪山讃歌の碑」として、台字を西堀氏直筆にて
鹿沢温泉に建立した。

昭和57年4月群馬県吾妻郡嬬恋村

大正15年西堀栄三郎氏(後の第1次南極観測越冬隊長)ら京大山岳部の
学生たちが鹿沢温泉でスキー合宿していた際にできた歌で、これを記念した
碑です。


P1060852

歌碑見学を終え、紅葉館から田代湖に向かってゆく下り車線を40キロで
ゆっくり走ると、タイヤの摩擦で、雪山賛歌の曲が流れてくるのに驚かされます。

メロディーラインといわれるもので、群馬県が今年から県内8ヵ所で整備している
そうですが、は曲の1フレーズに必要な約300メートル区間の道路舗装面に
音程やリズムを調節する、細かい間隔の溝を施すことで、通過する自動車の
振動音が音楽に聞こえる仕組みだそうです。

雪山賛歌のメロディラインは2010年4月下旬にできたそうですが、
これから話題になりそうです。

桐生タイムス”音楽奏でるメロディーライン”>>


noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

|

« 嬬恋ゆり園は花盛り | トップページ | 浅間牧場「丘を越えて」の歌碑 »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

明治・大正めぐり」カテゴリの記事

昭和の風景」カテゴリの記事

由緒めぐり」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/400245/36013716

この記事へのトラックバック一覧です: 鹿沢温泉の「雪山賛歌」歌碑:

« 嬬恋ゆり園は花盛り | トップページ | 浅間牧場「丘を越えて」の歌碑 »