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2010年9月

タバコ値上げ直前

タバコ値上げが間近に迫り、コンビニには「タバコまとめ買」の
ポスター、ドラッグストアには「貼るだけで禁煙」の幟。
タバコ吸ってる人には、どちらも大変だなあ。

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伊賀の上野城と俳聖殿

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伊賀上野を訪れました。こじんまりとした街の周囲には田園風景が広がっています。

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伊賀上野のシンボルは、藤堂高虎の上野城です。
藤堂高虎が慶長13年(1608)徳川家康により、伊賀の国10萬石、伊勢の内
10萬石 、伊予の内2万石合わせて2萬石を与えられたそうです。




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建設中の五層の天守閣は、慶長17年(1612)大暴風で倒壊したそうですが、
二重櫓二棟、一重櫓八棟や長さ21間(約40m)の巨大な渡櫓(多聞)をのせた
大手門や御殿などが建設されましたが、大坂冬の陣、夏の陣が家康方の勝利
に終わると、幕府は諸大名に城普請を厳しく禁止したので、上野城の天守閣が
再建されることはなかったそうです。
現在の天守閣は昭和10年に再建されたものだそうです。
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高石の上から見下ろすあまり高い建物がない伊賀上野の市内を見渡すこと
ができます。

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上野城のある上野公園には、この地で生まれた俳聖松尾芭蕉を顕彰する
俳聖殿が建っています。


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俳聖殿は、木造檜皮葺き屋根の二層の塔建てで、初層が八角、二層は丸型
という八角重層塔建式の特殊な構造の建物です。

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この個性的な外観は、旅に生涯をおくった松尾芭蕉の旅姿を象徴している
そうで、上層の屋根は旅笠、その下部が顔、下層の八角型の屋根は蓑と衣
を着た姿で、堂は脚部に、廻廊の柱は脚と杖を表現しているそうです。

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伊賀の里山歩き

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今日は、三重県伊賀の里山歩きです。

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生い茂った笹藪を切り開いた道は周囲が何も見えません。


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笹藪を抜け、進んでゆくとアケビが実をつけています。
滅多に人が通らない場所なので、手が届くところに実っていても採られません。

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人も通らず標識もないので、案内してくれる人がいないと迷いそうです。

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きのこもはえています。 

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苔むした倒木が、この里山の古さを伝えています。

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林の中を抜けると人気のない池にたどり着きました。 

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目印になるものもない伊賀の里山歩きはどのような道順か説明できないですが、
都会近郊では体験できない豊かな自然です。

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芝公園散歩

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猛暑でしばらく歩いていなかったので、足慣らしを兼ね芝公園を訪れました。
もみじ谷の滝はちょろちょろと流れていますが、涼やかです。


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もみじ谷は、東京タワーの真下とは思えない緑の風景です。

増上寺を中心とした芝公園は江戸時代より上野寛永寺とともに江戸の
名所だったそうです。

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もみじ谷というだけに大きく育った紅葉の樹があります。この時期は
もみじの緑が眩しいいくらいですが、秋の色づいた姿はさぞきれいでしょう。

現在の東京タワーのある場所は、江戸時代にはもみじ山と呼ばれていたそうで
このあたりは紅葉狩りで賑わったそうです。

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道路を渡った弁天池は、「さよ」という女性が身を投げたことから、
「さよが池」とも呼ばれているそうです。
静かで涼しい池のほとりでは読書をしている人も見かけます。

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落ち葉が積もった地面はふわふわとやわらかく、ビルの立ち並んだ都心とは
思えない歩き心地です。

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さらに日比谷通り方面に進むと、「銀世界の梅」という梅林があります。

この梅林は、今の新宿区西新宿3丁目の東京ガス敷地内にあったもので、
江戸時代は「梅屋敷銀世界」といわれたものを、明治41~42年ごろ
16号地グランドの西側に移植されましたが、道路拡張にともない昭和41年
にこの1号地に移されました

梅林には、2代将軍(秀忠)のお声がかりの梅も移植されたそうですが
現在はありません。

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春には梅の花も楽しめる芝公園は都心にも関わらず、さまざまな自然
がある貴重な存在です。

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野辺山 海尻の「北国の春」歌碑

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霧ヶ峰から野辺山に抜けるメルヘン街道は、白樺と青空が広がっています。

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野辺山近くの南牧村海尻のある集落まで来ると、集落センターの隣に
千昌夫のヒット曲「北国の春」の歌碑があります。

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歌碑には作詞家のいではく氏の書になる北国の春の歌詞と共に
「いではく誕生の地」と刻まれています。

白樺 青空 南風    こぶし咲くあの丘 北国の  ああ 北国の春
      
季節が都会ではわからないだろうと 届いたおふくろの小さな包み 

あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

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作詞のいではく氏がこの地の出身であることから歌碑が建てられたそうですが
歌碑の後ろのお宅がいではく氏の家であることに驚かされます。


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たまたま立ち寄った海尻城隣の酒屋さんにも、いではく氏の色紙が飾られて
いました。

酒屋さんということもあり、こちらには3番の歌詞が記されていました。

兄貴も  親父似で  無口なふたりが  たまには  酒でも  飲んでるだろか


この歌が地元の皆さんに愛されているのがよくわかります。


noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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霧ヶ峰 八島湿原の「あざみの歌」歌碑

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霧ヶ峰の八島湿原に「あざみの歌」の歌碑があります。
案内所で聞くと入口近くにあることを教えてくれました。


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「あざみの歌」歌碑 の道案内も出ています。


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あざみの歌の歌碑は、歌にふさわしい風景のなかにありました。


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あざみの歌は、昭和24年のNHK「ラジオ歌謡」で作曲者の八洲秀章が歌い、
翌年には伊藤久男によってレコード化され、日本の代表的な歌謡曲となった
そうです。
あざみの歌の歌詞は、戦後下諏訪に身を寄せていた横井弘が八島湿原に
来た時に作ったものだそうです。




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歌碑にはあざみの歌の歌詞が刻まれています。

山には山の 愁いあり 海には海の 悲しみや
まして心の 花園ぞのに  咲きしあざみの 花ならば


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歌詞を想い浮かべながら見る八島湿原は、一層趣きがあります。


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歌詞のとおり、ノアザミの花が咲いていることは言うまでもありません


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八島湿原の初秋

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霧ケ峰の八島湿原を訪れました。まだ暑さが続く東京とは違い霧ケ峰は涼しく、
クーラーの名前になる理由が分かります。


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八島湿原は湿原保護のため湿原の中には木道がありません。湿原内の植物
を観察するには、周囲の木道から双眼鏡や望遠鏡で観察することになります。


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このあたりは標高1600~1900mにあるので、木道の脇には早くもススキ
が茂っています

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夏の花のノアザミもまだこの時期には咲いています。


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キンポウゲ科のツクバトリカブトは可憐な紫色の花です。

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視界の広がる八島湿原は一周約1時間半なので、歩いていても爽快な気分です。


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木道から見上げると八島湿原の空に秋の雲が広がっています。

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