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2011年4月

鵠沼から江の島へ

ゴールンウイーク初日、混雑を避け早起きして鵠沼海岸まで散歩に
出かけました。



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沖合にはサーフィンを楽しむ人たちが大勢浮かんでいます。
開放感のある光景はのんびりとした雰囲気です。

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江の島までの海岸沿いは歩いていると爽快な気分です。

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今日は渡し船で江の島の裏側に渡り、島の頂上付近の魚見亭を訪れました。
魚見亭は目の前に水平線が広がる光景で人気があります。

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ビールで一息ついたら、この時期の江の島名物生しらす丼です。
ここ数年は生しらす丼を食べにくるのが恒例行事になってきました。

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高崎城址

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高崎の市役所近くに高崎城址があります。

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慶長三年、井伊直政が箕輪城十二万石の城主から地にあった和田城
に移って城主となり、それまで和田と言われていたこの地を高崎と改め、
城の規模を拡張し高崎城として、中仙道の交通の要衝にある要害とした
そうです。

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高崎城の東門が今も高崎城の名残を感じさせます。 

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高崎城東門の由来を記した説明板によれば、

高崎城十六の城門中、本丸門、刎橋門、東門は平屋門であった。
そのうちくぐり戸がついていたのは東門だけで通用門として使われていた。
この門は寛政十年正月(1798)と天保十四年十二月(1843)の二度、
火災により焼失し、現在のように建て直されたものと考えられる。
くぐり戸は乗篭が通れるようになっている。
門は築城当初のものよりかなり低くなっており、乗馬のままでは通れなくなっている。
この門は明治のはじめ、当時名主であった梅山氏方に払いさげられ、
市内下小鳥町の梅山大作氏方の門となっていた。
高崎和田ライオンズクラブは、創立十周年記念事業としてこれを梅山氏より
ゆずりうけ復元移築し、昭和五十年二月、市に寄贈したものである。
『高崎城跡案内板』より


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乾櫓も往時の雰囲気を感じさせます。

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僅かな石垣も残っています。

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高崎だるま寺

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にあるだるまで有名な高崎のだるま寺を訪れました。


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だるま寺は正式には少林山達磨寺と言います。
中国様式の唐門の総門から石段が続きます。

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石段を跨いで鐘楼があるのも珍しい光景です。

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駐車場の脇には小林山達磨寺と刻まれた石碑があります。

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本堂の霊符堂には達磨が山積みです。今ではよく見かける張り子の縁起だるま
は、この寺から生まれたそうです。

天明飢饉の後、農民救済のため九代東嶽和尚が心越禅師が描いた達磨大師
の図を手本に木型を作り、農家の副業に張り子だるまを作らせ、売らせたところ
評判となり、縁起だるまの少林山と言われるようになったそうです。

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納められた達磨たちが何か語りかけてくるような気がしてきます。

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霊符堂は﨔の権現造りです。権現造りは神社に多い建築様式で寺院には
珍しいそうです。

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絵馬もここでは達磨姿です。

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霊符堂の脇にある達磨堂の入り口には大きな達磨が飾られ、
窓もだるまの形です。

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達磨堂には日本全国の様々なだるま達が飾られています。
ここはまさに達磨の聖地です。

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満開となった二ヶ領用水の桜

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川崎市北部を流れている二ヶ領用水の桜並木は、今が満開♪桜色が続く光景は見事!

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横浜赤レンガ倉庫の旧税関事務所遺構

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横浜の赤レンガ倉庫のそばに旧横浜港プラットホームが残されていますが
その脇に赤レンガの旧税関事務所の遺構があります。

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説明板には以下のように記されています。
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これは大正3年(1914)5月に建設された税関の事務所遺構です。

レンガ造りストレートぶき、3階建のゴシック様式の建物でしたが、
大正12年(1923)9月1日、関東大震災により床や屋根が焼失したため
復旧されないまま埋め戻されて荷捌き用地となっていました。

赤レンガパーク整備のための工事の際に発見され、現在花壇として
利用しています。

竣工時、一階には硝子張天井のホールと受付カウンター、2,3階には
事務室や応接室、外航船や荷役のための貸事務所がありました。
ガス暖房や電気照明も完備されていました。
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しっかりと組まれた赤レンガの土台から重厚な建物であったこと
が偲ぶことができます。

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向こうに見える赤レンガ倉庫と並びこのあたりが明治大正期の
日本の発展を支えた拠点であったことがよくわかります。

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旧横浜港駅プラットホーム

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横浜赤レンガ倉庫のそばの赤レンガパークには唐突な感じで駅の
プラットホームがあります。

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説明板にによれば、旧横浜港駅プラットホームと記されています。
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横浜港駅は明治44年(1911)、横浜税関構内の荷役所としてつくられ、
大正9年(1920)7月23日、横浜港駅となり、東京駅から初の汽船連絡列車
が乗り入れました。

列車はその後、「岸壁列車」等と呼ばれて親しまれました。
関東大震災の復興期、昭和3年(1928)当時の花形外航ターミナルにそって
旧横浜港駅のプラットホームが設けられ、華やかな海外航路時代の
最盛期をむかえました。

赤レンガパークの休憩所として保存再利用にあたり、痛んでいた上屋は
新材料で復元しています。
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とのことです。

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きれいに整備されたプラットホームですが、石段などには歴史の名残が
感じられます。

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線路を模した石畳の続く先には赤レンガ倉庫が見えます。

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今日の二ヶ所領用水の桜

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二ヶ領用水の桜は樹によって開花が進んでいる。花見の宴もあちこちで始まった。

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