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釜石 「この町そして未来へ」の歌碑

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東日本大震災の津波を受けた釜石市内はいまもガレキだらけです。

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市内の建物の甚大な被害は直視できません。

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大通りの店舗は、内部まで何もありません。

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崩れそうな建物には赤い旗が掲げられています。

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そんな、釜石市内の一角に歌碑を見つけました。

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「この町 そして未来へ」という歌の歌碑です。歌碑に刻まれている歌詞
を読むと、感無量です。

♪この町は僕のふるさと、さわやかな海のある町
 明日をみる人が住み、あたたかい心がかよう
 伝えようこの町の心を、伝えようみんなの願いを
 今、釜石、そして未来へ

♪この町は君のふるさと、ふれあいとうるおいのまち
 あこがれをのせながら、さわやかな風が流れる
 届けようこの町の想いを、届けようみんなの声を
 今、釜石、そして未来へ

♪この町はみんなのふるさと、美しい歌声の町
 流れゆく時のなか、思い出の歌声がまう
 歌おうよこの町の希望を、歌おうよみんなの夢を
 今、釜石、そして未来へ

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歌碑には、「この歌は、親と子の合唱団メイホフ・クワイア(指揮者渡邊顕麿氏)
によって歌われはじめ、今では市民の愛唱歌になっております。」
と記されています。

釜石の皆さんがこの歌を元気に口ずさめるように早くなって欲しいです。

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コメント

この曲の元になったのは荒川区の歌なんですよね

投稿: つよぽん | 2011年10月 5日 (水) 18時32分

以前宿泊したことのあるサンルート釜石が、津波をかぶり、営業できなくなったと聞きました(現在は改修オープン)。
荒川区民の歌を知っていたので、ホテル近くにあったこの歌碑を見つけた時は大変驚き、縁がある所なんだなぁと嬉しく思ったのでした。
しかし震災で、あの歌碑は津波を耐えられたのだろうか?と気になっていました。

無事な姿を見られてほっとしています。
ありがとうございました。

投稿: ミント | 2012年6月19日 (火) 01時10分

ミント様

ご縁のある「この町そして未来へ」の歌碑は健在でした。
歌詞に込められた思いが通じたのかも知れません。

投稿: walkerひで | 2012年6月19日 (火) 15時02分

すっかり読みにくくなってしまっていますが、正確には、「メイホフ」ではなく「ノイホフ」です。以前テレビでも紹介された団体で、未就学児から明治生まれの方々までが在籍した、他では類を見ない合唱団。人数こそ少なくなられたようですが、今も活動されています。歌はつらい気持ちの時、支えになってくれます。歌によって生まれた絆もあります。被害に遭われた地域の方々が本当に心から笑って歌える日が来ることを、心よりお祈りするばかりです。

投稿: | 2012年10月16日 (火) 19時31分

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