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舞鶴引揚公園の「岸壁の母」と「異国の丘」の歌碑

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京都府の日本海側にある舞鶴を訪れました。
舞鶴といえば、戦後多くの方が大陸から引き揚げてきたところです。
現在も引揚記念館があり、その時の苦労を伝えています。


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湾内を見渡せる引揚公園の丘の上に「異国の丘」と「岸壁の母」の歌碑があります。

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岸壁の母とは、第二次世界大戦後、ソ連による抑留から解放され、引揚船で帰ってくる
息子の帰りを待つ母親の姿にマスコミ等が取り上げた呼び名です。
そのひとりである端野いせさんを主人公にして、この歌が作られました。

昭和29年(1954年)発売された菊池章子の「岸壁の母」は大ヒット(100万枚以上)
しました。(作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜)

昭和47年(1972年)には二葉百合子の歌で浪曲調で50万枚の大ヒットとなりましtた。

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異国の丘 増田幸治作詞 吉田正作曲。

1943年(昭和18年)に陸軍上等兵として満州にいた吉田正が、部隊の士気を上げるため作曲した「大興安嶺突破演習の歌」が原曲。

戦後、シベリアに抑留されていた兵士の間で歌われ、抑留兵のひとりだった増田幸治が
作詞した。

シベリアから帰還した兵士の一人中村耕造が『NHKのど自慢』に出て歌ったことから
有名となった。
シングルとしては1961年に三浦洸一のカバーが発売された。


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この丘に立つと戦後のそうした光景や思いが伝わってきます。


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歌碑の隣にある「ああ母なる国」の碑はその思いを象徴しています。

noteWalkerひで”今日も歌碑めぐり”>>

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