江戸時代めぐり

和歌山城の鞠と殿様の歌碑

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和歌山を訪れました。



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駅から歩いて15分くらいで和歌山城に着きました。。
和歌山城は、天正13年(1585)豊臣秀吉が紀州を統一後,弟の秀長に命じて築城を
したそうです。元和5年(1619)徳川家康の第十子頼宣が入城し城郭の大改修を
行い,以後250年に渡り徳川御三家のひとつ紀州徳川家として栄えたそうです。

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丁寧に積み上げられた石垣からも往時の権勢が伝わってきます。


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和歌山城の天守閣前の広場の一角に「鞠と殿様」の歌碑があります。

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西条八十の作詞による「まりと殿様」の5番の歌詞が刻まれています。
碑の文字は西条八十の直筆によるものです。


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 鞠と殿様>>


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天守閣はその歌碑をやさしく見下ろしています。

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殿様が見下ろしていた城下町はどんな光景だったのでしょうか





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作詞 西条八十  作曲 中山晋平

 

てんてんてんまり てん手まり てんてん手まりの 手がそれて
どこからどこまで とんでった垣根をこえて 屋根こえて
表の通りへとんでった とんでった

 

表の行列 なんじゃいな 紀州の殿様 お国入り
きんもんさき箱 ともぞろい おかごのそばには ひげやっこ 
毛槍をふりふり ヤッコラサの ヤッコラサ

 

てんてんてんまり てん手まり はずんでおかごの やねの上
もしもし紀州の お殿様 あなたのおくにの みかん山 
わたしにみさせて くださいな くださいな 

 おかごはゆきます とうかいどう とうかいどうは 松なみ木 
とまりとまりで 日がくれて 一年たっても もどりゃせぬ 
三年たっても もどりゃせぬ もどりゃせぬ 

てんてん手まりは 殿様に だかれてはるばる たびをして 
きしゅうはよいくに 日の光 山のみかんに なったげな 
赤いみかんに なったげな なったげな

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西日暮里 富士見坂

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西日暮里を歩いていると、富士見坂と書かれた看板があるので
登ってみることにしました。

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富士見坂は墓地の脇の真っ直ぐな坂です。

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坂の頂上で「富士山が見える」と話していると、通りすがりの近所の人が
「この先にマンションができて、もうじき見えなくなってしまうんですよ」と
教えてくれました。


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坂頂上の説明板には次のように記されていますが、もうじきこの表示も
変わるのでしょうか。

富士見坂
坂下の北側の墓地は日蓮宗妙隆寺(修性院に合併)の跡。
妙隆寺が花見寺と呼ばれたことから、この坂も通称「花見坂」または
「妙隆寺坂」と称された。

都内各地に残る「富士見坂」と冠する地名の中で,現在でも富士山を
望むことができる坂である。


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「箱根八里」の歌碑

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箱根芦ノ湖の畔にある恩賜箱根公園に「箱根八里」の歌碑がある
と聞き訪れました。

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広い公園ですが、歌碑は駐車場のすぐ脇にありました。
歌碑には歌詞が刻まれています。

箱根の山は、天下の嶮(けん) 函谷關(かんこくかん)も ものならず

萬丈の山、千仞(せんじん)の谷 前に聳(そび)へ、後方(しりへ)にささふ

雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす 昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木

羊腸の小徑は苔滑らか 一夫關に当たるや、萬夫も開くなし

天下に旅する剛氣の武士(もののふ) 大刀腰に足駄がけ

八里の碞根(いはね)踏みならす、かくこそありしか、往時の武士


随分難しい歌詞ですが、李白の漢詩や中国の故事や古典・歴史に由来する事が多く盛り込まれているそうです。

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説明書きには
唱歌『箱根八里』は、作曲者 滝廉太郎 作詞者 鳥居忱の両氏によって明治34年につくれ、中学校唱歌に採用されて以来、平成13年で誕生100年を迎えました。
と書かれています。

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箱根路の厳しさを謳った歌詞と静かな芦ノ湖の姿の対比が印象的です。

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遠野 千葉家曲り家

盛岡から釜石に向かう途中の遠野市の国道396号線に南部曲り家の代表格
である千葉家曲り家があります。

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見晴らしの良い小高い丘の中腹の石垣の上に築かれた千葉家ですが、
震災から1年たった今でも石垣の一部はブルーシートで覆われています

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氷柱の垂れ下がる光景は温暖化が進んだ近年では貴重です。

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「曲り家」とはL字型の家で、人が住む母屋と馬小屋がつながっている住居です。
馬は家族のようなかけがえのない存在であったことから、同じ屋根の下で
暮らしていたそうです。

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納屋に置かれた駕籠が往時の華やかさを感じさせます。

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様々な農具や蓑があることから大規模な農作業が行われていたことが
伝わってきます。

遠野というと、河童や座敷わらしなどの民話のふるさとですが、曲り家を見ると
厳しい自然の中で営まれる堅実な生活を感じることができます。

南部曲り家千葉家>>




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富岡八幡宮の木遣り歌碑

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正月の初詣の人で賑わう富岡八幡宮を訪れました。

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江戸勧進相撲発祥の地である富岡八幡宮の広い境内には
巨大な大関力士碑や横綱力士碑が並んでいます。

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そんな一角に大木遣りの歌碑があります。
歌碑のボタンを押すと木遣りが朗々と流れてきます。

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説明を読むと以下の通り記されています。

「木場の木遣り」の発祥は古く、現存の文献によれば、既に慶長初期の昔に
行れている。当時、幕府のお船手の指図で、伊勢神宮の改築用材を五十鈴川より
木遣りの掛け声で水揚げをした、とある。

元来、神社仏閣の鳥居や大柄な用材を納める場合には木場木遣り特有の
「納め木遣り」が用いられ、保存会により今日に伝えられている。

元禄の始めには、武家屋敷の並ぶ両国の七つ谷の倉の間部河岸という所で
3代将軍家光公に筏の小流し(さながし、筏組)、角乗り、木遣りをご覧に入れ、
以後年中行事となった。
この時、川並みという言葉が発祥したと伝えられる。

明治12年(1979年)、米国のグラント前大統領が来日の際に、木遣りは角乗りと共に
上野の不忍池で天覧の栄に浴している。
江戸の昔より正月2日から7日に掛け木遣りにて初曳きし、材木屋さんに売り捌くのを
年中行事としていた

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その隣りには木場の角乗りの碑もあります。

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深川七福神めぐり

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今日は、東京メトロ新宿線の森下駅からほど近い深川神明宮から
深川七福神めぐりです。

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深川神明宮は寿老人を祀っています。

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深川神明宮門前には、伊藤深水誕生の地の説明板があります。
日本画家の伊東深水は、明治31年(1898)に深川神明宮門前で
生まれたそうです。

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次の深川稲荷を目指して歩いてゆく途中に江東区松尾芭蕉記念館があります。
芭蕉は延宝8年(1680)に深川のこの地で草庵を結んだそうです。

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深川稲荷は布袋尊を祀っています。

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さらに歩くと清澄庭園があります。清澄庭園は江戸時代は下総藩の大名屋敷
で、明治期に岩崎弥太郎の所有となり庭園の整備と全国各地の名石等を収集
して配置されたそうです。

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次いで毘沙門天を祀る龍光院と大黒天の円珠院を巡ります。

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途中には滝沢馬琴誕生の地の碑があります。
碑は南総里見八犬伝です。


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心行寺は福禄寿を祀っています。

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冬木弁天堂はビルの間の狭隘な立地ですが、弁財天を祀っています。

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最後は富岡八幡宮境内の西側にある恵比須宮に祀られている恵比須です。
初詣で賑わう本堂とは違い恵比寿宮はひっそりとしています。

深川七福神は途中に多くの名所や史跡があり、変化に富んだ面白い
七福神巡りです。

>>深川七福神

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盛岡の桜山神社

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盛岡城三の丸跡にある桜山神社を訪れました。

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桜山神社は南部藩の総鎮守として信仰されていたそうです。

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境内の一角の高台にに「宝大石 烏帽子岩」が鎮座しています。

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盛岡城築城時、この地を掘り下げたときに、大きさ2丈の大石が出てきた場所が、
城内の祖神さまの神域にあったため、宝大石とされ、以後吉兆のシンボルとして
広く信仰され災害や疫病があった時など、この岩の前で、平安祈願の神事が
行われ、南部藩盛岡の「お守り岩」として、今日まで崇拝されているそうです。 





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高崎のだるま拝見

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高崎名物のだるまを作っている今井だるま店を訪れました。

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製作途中のだるまが鈴なりになっている姿は壮観です。

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だるまは少しづつ描いては乾かすことを繰り返して作られるそうです。

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高校野球群馬大会用のだるまが早くも出番を待っています。

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隣の建物には彩色前の白いだるまがスタンバイしています。

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職人さんは一つひとつ丁寧に手書きでだるまの表情を描いています。

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高崎名物のだるまは年末に向け、暑いこの時期から作られています。

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麻布一本松坂

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大黒坂の頂上は一本松坂と暗闇坂それぞれの坂の頂上でもあります。
3つの坂の頂上というのは珍しいです。

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坂名の由来には、
源経基(みなもとのつねもと)などの伝説をもち、古来植えつがれている
一本松が坂の南側にあるための名である。
と記されています。


愛用させていただいている「23区の坂」の地図が分かり易いです

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麻布十番 七面坂

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麻布十番商店街から上る坂のひとつが七面坂です。

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坂名の由来には
坂の東側にあった本善寺(戦後五反田へ移転)に七面大明神の木像が
安置されていたためにできた名称である。
と記されています

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坂の中腹には、坂名をもじったお店があります。

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七面坂は麻布十番2丁目7番と8番の間を登る短い坂道で、登りきると
大黒坂の中腹になります。

場所は「23区の坂」の地図が分かり易いです

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