昭和の風景

黒部ダムへ

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黒部ダムに行くため、車で扇沢まで来ました。ここからはトロリーバスです。

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15分程で到着した黒部ダムは真夏でも寒いです。

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大迫力の放水は水というより巨大な生き物のようです。

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和歌山ブルースの歌碑

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和歌山市の繁華街ぶらくり丁をテーマにした歌謡曲「和歌山ブルース」の歌碑が、
和歌山市雑賀町大門川に架かる雑賀橋のたもとにあります

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歌碑は、レコード盤を模した直径1.8mの御影石製で、真ちゅうで作られたレーベル
部分に歌詞や一部の寄付した人の名前が刻まれ、ベンチとしても使えます。

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半径1m以内に人が近づくと、和歌山ブルースのメロディが流れ、日没後には
中央のポール部分が光ります。

大変凝った歌碑で、この曲が地元の人たちに愛されていることが伝わってきます。

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和歌山ブルース. 吉川静夫 作詞吉田 正 作曲 歌古都清乃

逢いたい見たい すがりたい そんな気持ちに させるのは
ぶらくり丁の 恋灯
真田堀(さなだぼり)なら ネオン川  和歌山泣きたい ああやるせない

誰にもいえぬ おもいでを  夜がやさしく くれたのも
あなたとわたしの 和歌の浦
夢は消えない いつまでも 和歌山泣きたい ああやるせない

流れる涙 紀の川に捨ててしまった 女でも
慕情をこめて ブルースを唄う花散る 城下町
和歌山泣きたい ああやるせない

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舞鶴引揚公園の「岸壁の母」と「異国の丘」の歌碑

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京都府の日本海側にある舞鶴を訪れました。
舞鶴といえば、戦後多くの方が大陸から引き揚げてきたところです。
現在も引揚記念館があり、その時の苦労を伝えています。


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湾内を見渡せる引揚公園の丘の上に「異国の丘」と「岸壁の母」の歌碑があります。

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岸壁の母とは、第二次世界大戦後、ソ連による抑留から解放され、引揚船で帰ってくる
息子の帰りを待つ母親の姿にマスコミ等が取り上げた呼び名です。
そのひとりである端野いせさんを主人公にして、この歌が作られました。

昭和29年(1954年)発売された菊池章子の「岸壁の母」は大ヒット(100万枚以上)
しました。(作詞:藤田まさと 作曲:平川浪竜)

昭和47年(1972年)には二葉百合子の歌で浪曲調で50万枚の大ヒットとなりましtた。

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異国の丘 増田幸治作詞 吉田正作曲。

1943年(昭和18年)に陸軍上等兵として満州にいた吉田正が、部隊の士気を上げるため作曲した「大興安嶺突破演習の歌」が原曲。

戦後、シベリアに抑留されていた兵士の間で歌われ、抑留兵のひとりだった増田幸治が
作詞した。

シベリアから帰還した兵士の一人中村耕造が『NHKのど自慢』に出て歌ったことから
有名となった。
シングルとしては1961年に三浦洸一のカバーが発売された。


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この丘に立つと戦後のそうした光景や思いが伝わってきます。


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歌碑の隣にある「ああ母なる国」の碑はその思いを象徴しています。

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「なかよしこみち」の歌碑

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相模鉄道かしわ台駅近くに「 さがみの仲よし小道」という道があります。

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水の便が悪い相模原台地で農業用の用水路約3.6kmが緑道として整備され、一般公募により「さがみの仲よし小道」と名づけられたそうです。
緑道の両側には、ヒメシャラ、イロハモミジなどさまざまな植物が植えられ、ところどころにベンチがあり、木陰で休むことも出来ます。

静かな「さがみの仲よし小道」の脇に童謡「なかよしこみち」の歌碑があります。

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仲よし小道は どこの道  いつも学校へ みよちゃんと
ランドセルしょって 元気よく お歌をうたって 通う道
作詞:三苫やすし、作曲:河村光陽

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桜新町のサザエさん像

桜新町のサザエさん像

桜新町のサザエさん一家の像。ニュース通り、波平さんの髪の毛が抜かれていた。

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古賀政男音楽博物館

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小田急線代々木上原駅近くの古賀政男音楽博物館を訪れました。

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作曲家として数々のヒット曲を生み出し、これらは『古賀メロディー』と呼ばれ
今もなお愛唱されつづけています。

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館内には旧古賀邸を移築して展示してあります。

 

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音符のある窓の桟にも音楽家らしい雰囲気が感じられます。

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レッスン場は風格があります。

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今も生活しているような居間は古賀政男氏が出てきそうです。

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古賀政男氏は日本作曲家協会初代会長として日本レコード大賞を制定し、
音楽界の発展に尽力し、大衆音楽の発展に寄与した多くの音楽関係者を
顕彰する殿堂もあります。

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石ノ森章太郎ふるさと記念館

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宮城県登米市にマンガ家石ノ森章太郎氏の記念館があります。
 

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石ノ森章太郎氏はこの登米市に生まれたことから、ふるさと記念館
が建てられたそうです。




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館内はあちこちに作品のさまざまな登場人物が展示されています。

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庭にも作品をテーマにした様々なオブジェがあります

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数軒隣りには、石ノ森章太郎氏の生家もあります。

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しかし、震災の影響で現在は公開されていません。

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浄蓮の滝の「天城越え」の歌碑

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伊豆市天城にある「浄蓮の滝」を訪れました。

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長い石段を下りてゆくと滝が姿を現しました。浄蓮の滝は滝壺が深いため
青く透きとおり、名前のように清楚な印象です

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滝の脇に「天城越え」の歌碑があります。

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浄蓮の滝は、石川さゆりが歌う「天城越え」の歌詞に登場するので
多くの人に知られたことから、この場所に歌碑ができたそうです。

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歌碑には「天城越え」の歌詞と歌碑が刻まれています。

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西伊豆の加山雄三ミュージアム

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西伊豆堂ヶ島にある加山雄三ミュージアムを訪れました。

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1階がレストランで、2階がショップ、3階がミュージアムです。

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ミュージアム入口脇に賀茂小学校の歌詞と楽譜が飾られています。

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説明書きには以下のように記されています。
この校歌は、宇久須小学校と安良里小学校が、平成16年4月に合併して
合併して新たに誕生する、「賀茂小学校」のもので、加山さんが「弾厚作」
名義で作詞・作曲をしたものです。
安良里港に加山さんの愛艇「光進丸」が係留されている縁から実現しました。

 

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館内に入ると光進丸のブイがあります。

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光進丸の操舵室が復元されています。

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加山雄三のヒストリーが数多くの写真や動画で眺められます。

 

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若大将シリーズのポスターも並んでいます。

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若大将の実家「田能久」も再現されています。

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エレキの若大将の衣装は貴重です。

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アルプスの若大将、ハワイの若大将の映画の衣装や道具も懐かしいです

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加山雄三の曲のジャケットも勢ぞろいです。

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愛用のエレキギターもあります。
加山雄三ミュージアムは加山雄三のファンにはたまらない場所です。

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渋谷のたばこと塩の博物館

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今日から渋谷の公園通りにある「たばこと塩の博物館」で特別展
「エンゼルからの贈り物 森永のお菓子箱」が始まった。
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オープニングということで、森永製菓の人気キャラクターキョロちゃんと

ぬ~ぼ~も登場し、道行く人たちに愛嬌を振りまいていた。

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4階の会場では懐かしい商品やCMが見ることができるので
きっと人気がでるだろう

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